voice vol.18
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GALERIE VIE
Archive
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voice vol.18 / Kaori Sudo
乗り継ぐという選択。
中古車屋見習い 須藤 香
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voice vol.17 / Kakuro Sugimoto
わりきれなさと向き合う。
漢方家 杉本 格朗
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voice vol.16 / Asuka Miyata
編み、伝える。
テキスタイル アーティスト 宮田 明日鹿
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voice vol.15 / Masaki Hayashi
ささやかな音が奏でる音楽。
ピアニスト・作曲家 林正樹
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voice vol.14 / Kujira Sakisaka
書くことの不思議。
詩人・国語教室 ことぱ舎 代表 向坂くじら
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voice vol.13 / Satoko Kobiyama
食べ方の実験と愉悦。
山フーズ主宰・小桧山聡子
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voice vol.12 / Yuzu Murakami
読み解き、問う勇気。
美術批評・写真研究 村上由鶴
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voice vol.11 / Renge Ishiyama
永遠に片想い。
電線愛好家・文筆家・俳優・ラジオパーソナリティ 石山蓮華
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voice vol.10 / Haruno Matsumoto
描き切らない自由。
絵本画家・イラストレーター 松本春野
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voice vol.9 / Ami Takahashi
福祉の現場にも、色を。
アフターケア相談所 ゆずりは所長 高橋亜美
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voice vol.8 / Asa Ito
体の側から考える。
美学者 伊藤亜紗
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voice vol.7 / Akiko Wakana
人はつねに地上の一点である。
編集者・文筆家 若菜晃子
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voice vol.6 / Miyu Hosoi
言葉になりきらない声。
サウンドアーティスト 細井美裕
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voice vol.5 / Chiho Asada
映画が求めた第三者。
インティマシー・コーディネーター 浅田智穂
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voice vol.4 / Mariko Kakizaki
自分のクセと遊ぶダンス。
コンテンポラリーダンサー 柿崎麻莉子
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voice vol.3 / Rei Nagai
ただ、立っている。
哲学研究者 永井玲衣
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voice vol.2 / Midori Mitamura
記憶を紡ぎ直すアート。
現代美術作家 三田村光土里
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voice vol.1 / Maki Onishi
肌ざわりがもたらすもの。
建築家 大西麻貴
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乗り継ぐという選択。
voice vol.18 / Kaori Sudo
中古車屋見習い
須藤 香
Photography | Yurie Nagashima
Styling | Yuriko E
Hair and Make-up|Momiji Saito
Text and Edit | Yoshikatsu Yamatoギャルリー・ヴィーのスタンダードアイテムをご着用いただき、
多様な分野で活動する方々にインタビューをする“voice”。
ものづくりに込めたこだわりについて語る、作り手の声とともにお届けします。
第18回のゲスト・須藤 香さんは、
映像編集や配信のためのハードウェアを製作するメーカーに
大学卒業後から長く勤め、昨年、中古車販売と修理を手掛けるカーショップに転職しました。仕事、そして暮らしの拠点を変えたばかりの須藤さんに
まるで人のようにさまざまな個性を持つ旧車との生活や
文化を乗り継ぎ、次の世代に手渡していくことについて聞きました。
旧車との生活のなかで実感する、ものと長く寄り添う心地よさとは。まるで人のように個性のある車たち。
愛嬌がある、と言ったらいいだろうか。店の前に所狭しと並ぶ、なんともチャーミングな旧車の隙間を通りながら、窓の内側を覗き込んでみる。ハンドル、アクセルペダル、メーターパネルとその文字フォント、シートの材質やカラー、空調パネルとオーディオが作り出す内装のムード。そのすべてのデザインや質感が、1台1台、それぞれ違っている。
神奈川県・辻堂にあり、中古車販売や修理を手がけるGATTINAは、旧車を愛する人々が、愛車をみてほしいと駆け込み寺のように訪れたり、これから中古車との生活を始めてみたい人が、定まり切らない気持ちのままでもふらりと立ち寄り、相談ができる車屋さんである。
ここで働く須藤香さんは、経験豊富なスタッフに自動車の整備を習いながら、店舗の広報やホームページ管理、接客などを担当。休日は、山登りへ遠出したり、近くの海まで行ったりドライバーとしても旧車との生活を楽しんでいる。須藤さん
人の数だけ個性があるように、旧車は1台1台にパーソナリティがあります。たとえ同じ車種であっても、それがどのように乗り継がれてきたかによって、いろいろな特徴がある。乗ってみると、エンジン音の高さや太さ、ただよってくるにおい、アクセルの重さや発進の感覚もそれぞれです。エンジンをかけるときや、運転中のちょっとした動作にもコツが必要だったりして、この車はどんな癖を持っているのかな、とそれを知っていく過程で愛着が湧きますし、その車のことが記憶に残る。マニュアルでの運転は特に、私自身が動かしているんだ、操縦しているんだ、という手ごたえがあって楽しいですよ。車の調子がいいと私も嬉しくなるし、具合が悪いと気がかりになる。何回乗っても、ああ、しあわせ、と感じる瞬間があって、移動のための道具にはとどまらない存在です。
「乗り継ぐ文化」を支えるメカニック。
須藤さんと旧車の出会いは7年前である。引越し先の都内マンションの1階が、イタリアの自動車メーカー、アルファロメオの旧車整備工場だった。その当時は、映像のオンライン配信やゲーム配信など、負荷の高い動作ができるハードウェアを開発、製造するスタートアップのメーカーで働いていた。今でこそ当たり前になったが、映像配信はその当時、黎明期。そこからコロナ禍にさしかかり、対面のイベントが難しくなったことで配信のニーズが高まり全盛を迎え、須藤さんは多忙な日々を過ごしていた。
須藤さん
あたらしいサービスが次々に生まれる分野であったので、いつも、最前線に追いつけ追い越せで忙しくしていました。けれど、自宅を出るとき、帰ってきたときに見かける整備工場のメカニックさんたちは、誰かが大切に乗っている車と向かい合い、寡黙に手を動かしていて、なんだか格好いいな、自分とは違うな、と感じていました。当時、映像関連の仕事でお会いした方が、たまたまその工場で愛車のアルファロメオをメンテナンスしていると言っていて、話を聞いたり、教えてもらっているうちに、旧車、しかもマニュアル車は未知の領域でしたが、私も乗ってみたいと思ったんです。整備工場が住まいの下にあるのだから心強いと探しはじめ、岡山で1967年式の黄色のジュリアを見つけて、実際に見に行って、それに決めました。
メンテナンスの時間。
それから、須藤さんは旧車のある生活に馴染み、仕事にも好きなクルマに乗って行きたいと思いはじめるようになる。配信の仕事で機材の運搬も多かったので、クーペ型のジュリアでは手狭で、荷物を乗せられるものがいいということもあり、アルファロメオでは珍しいワゴン車、33スポーツワゴンが気になりはじめる。
マニアは鼻にもかけない車種で、乗っている人が極端に少ないもの。それもよかった。そして、真っ赤な33スポーツワゴンを見つけたのが、辻堂のGATTINAである。黄色のジュリアを手に入れてから時間はさほど経っておらず、自分の気持ちを抑えていたが我慢できなくなり、オーナーの酒井悦郎さんに連絡した。須藤さん
もともとGATTINAを知っていたわけではなく、「ここで33が売りに出てるよ」と知人に教えてもらったのが最初です。東京からも遠くもないしと連絡したのですが、返ってきたメールに滲み出る丁寧さに、ここはなんだか違う、と惹かれました。それで一度見せてくださいと伺って、買うことに決めました。それからは、GATTINAが主催するイベントに行ったり、メンテナンスで通ったり。ふつう、整備の作業は見せてくれないのですが、GATTINAでは、修理やメンテナンスをしている間、ずっと横で見ていても何も言われなかった。メンテナンスの様子を一日眺めて、心が満たされて東京に帰る、ということをしていました。
降りかかるようにやって来た転機。
「ここでバイトをできないですかね」。最初は冗談まじりの会話だった。しかし、あるとき、いろいろなことが重なった。起業当時から携わっていた映像配信やそのハードウェアを製造する会社の方針と、須藤さんの考えがすこしずつ違う方向に行っていた。さらに、黄色のジュリアをみてもらっていた自宅マンション下の整備工場の閉業が決まり、そこの社長が大家であった自宅のマンションは売却され、建て替えが決まって、居住者はいっせいに出ていかないといけなくなる。タイミングは突然やってきた。
須藤さん
もともと、大学時代にバイクに乗っていて、車の免許はマニュアルで取っていました。古いものが好きだし、服や家のものも一度買ったら長く使うタイプ。だから、まったく馴染みのない世界に入るというよりは、手はかかるけれど、そのぶん愛着も深まっていく旧車との生活は、自分が“本来好きだったこと”を思い出すようなきっかけになったのだと思います。コロナ禍も重なり、この先、自分はどんなことに関わっていたいのかを改めて考えた時期だったとも思っていて。それに、旧車の文化を支える整備工場があるのは、当たり前のことではなく、閉まってしまうこともあって、働く方々の高齢化も肌身に感じていました。自分が生きる糧(かて)になってきたものが、いつかなくなる日が来るのかもしれない。自分が死ぬまで旧車に乗りたい、と思ったら、自分でもある程度メンテナンスをできないといけないとも考えて、酒井さんに相談しました。
GALERIE VIE DIRECTOR’S NOTE
細番手の糸に強く撚りをかけ、18ゲージで編み上げたニットポロシャツ。ほのかな凹凸が肌にさらりと心地いい繊細な編み地です。カットソーにはない、ニットならではの軽やかさは、まるで着ていることを忘れるほど。肩幅は広めに、自然と肩が落ちるつくりです。また、袖口のリブは締め付けがなく、そのため膨らみのあるパフのシルエットにならず、すとんと落ちる仕様。もとはスポーツのシーンで切られていたポロシャツのスポーティな表情を楽しめるのはもちろん、ジャケットを羽織るときのインナーとしても端正に馴染む一着です。
手をかけながら乗り継ぐ、という選択。
旧車のお店、というと、とっつきづらさのようなものを感じるかもしれないが、GATTINAには迷える人も多く来るという。オーナーの酒井さんが持つ車の知識は膨大であり深く、それでいて人当たりはやさしく、面倒見がいい。話をしながらフィットする車を一緒に探し、メンテナンスまで長く付き合っていく。旧車という選択肢に持ってしまう不安にもきちんと向き合い、その人らしい車を探す。車を、たんに移動手段と考えるか、自分がつかのま過ごす空間であり、ともにいろいろな景色を見たり、ひとり、考えごとにふけられる場所と考えるか。
服を選ぶときも機能は大切だろう。なによりも、自分のライフスタイルに馴染むこと。それでいて、ただ便利なものとして、ひとつの役割に閉じ込めるのではなく、肌ざわりやディテールの細かなデザイン、着ているときの生地の感覚など、向こう側から自分に与える影響があったり、その服自体に宿るさりげない個性に「乗っかってみる」楽しさがあったらいい。そして、その服をときに手入れして、着る人自身の個性と入り混じりながら、長く気続けられるものになるといい。須藤さん
私が乗っている赤の33スポーツワゴンは、GATTINAに来ていた方々が代々乗り継いできた車でもあります。なので、そのバトンを受け取って、リレーに参加しているような感覚もあるんです。たしかに、旧車は手がかかります。エンジンをかけるのだって、いつでもボタンを押せばすっとかかるわけではなくて、季節によっても違うし、車の調子を感じながらこちらも操作をする。でも、そうして関係性を深めていくのが楽しい。車がときに壊れるように、人だって、壊れることもありますよね。旧車に対してよく言われるマイナスポイントから、それを遠ざけるのではなくて、ゆっくりと車について知って、あれこれ話して、見て、判断してもらえば嬉しいです。なんかちょっと違うな、と思ったらそれでいいと思うし、違う車に興味が湧いて、違うお店に見に行くでもいい。若い世代や女性の方にも、旧車の面白さを伝えられる人間に次は自分がなっていきたい。1年と少しGATTINAで働きながら、日々、酒井さんの考えだったり、お店に集まるいろんな人たちの思いに触れるうち、このお店や酒井さんの精神みたいなものを今度は自分が継いでいきたいな、いけないかな、と、今は少しずつ気持ちが変わってきています。
GATTINA
神奈川県藤沢市辻堂太平台2-1-1
営業時間|10:00 〜 18:00
定休日|水・木・金
HP:gattina.net
Instagram:@gattina_1998