GALERIE VIE

voice vol.15

  • voice

    GALERIE VIE

    ささやかな音が
    奏でる音楽。

    voice vol.15 / Masaki Hayashi

    ピアニスト・作曲家

    林 正樹

    Photography | Yurie Nagashima
    Styling | Yuriko E
    Lighting | Takuji Hisada
    Text and Edit | Yoshikatsu Yamato

    ギャルリー・ヴィーのスタンダードアイテムをご着用いただき、
    多様な分野で活動する方々にインタビューをする“voice”。
    ものづくりに込めたこだわりについて語る、作り手の声とともにお届けします。

    第15回のゲスト、林正樹さんは、アコースティックの音色を活かす精緻な演奏と、
    様式にとらわれないソングライティングで知られる作曲家・ピアニスト。

    「間」を埋め尽くすような演奏ではなく、
    一音一音を大切に、会話をするように紡がれていく音楽。
    「弱い音に寄り添う」という揺るぎない姿勢から生まれる、繊細な旋律。
    そんな音楽の在り方には、人と人の協調、装いのヒントがありそうです。

    せめぎあうのではない演奏。

    たとえば、白いノートがあるとする。そこに線を引く。書き足していくと、モチーフが生まれる。文字を綴る。文字は、意味を読み取れる言葉のつらなりになり、抑揚になる。では、音楽にとって、白紙のノートとはなにか。ある気積の空気である。それが媒体となって音は響き、人の耳に伝わる。林正樹さんのピアノと作曲は、「間」に対しての繊細な意識を保ち続けてきた。空間を音で塗りつぶすのではなく、一音一音が濁らず届くように。

    そうした音と空間の協力関係への意識は、ともに演奏するプレイヤーとの豊かなコラボレーションにも通じているかもしれない。ジャズミュージシャンの渡辺貞夫さんや三宅純さん、さらに椎名林檎さんなど、数多くのアーティストと演奏を行ってきた。また、西川美和さんが監督を務める、役所広司さん主演の映画『すばらしき世界』では音楽を担当。林さんが、さまざまな領域を行き来しながらも、こだわり続けてきたこととは何だろうか。

    林さん

    複数での演奏では、そこに大きな音があると、自分の音がかき消されないようするため、基準の音量が大きくなってしまうことがよくあります。そんな状況のなかでの、音と音がせめぎ合うバトル的な演奏は、音楽によっては効果的かもしれませんが、僕にとっては違和感がありました。各々の楽器から生み出される生音を感じながら、どのようにその音色を美しく響かせられるのか。僕はそこに軸足を置きたい。自分が聴く側になったときにも心地いいと感じる音を追求することに、もっと真剣になってもいい頃ではないかと。作曲の仕事でも、一音一音の存在感を大切に考えるようになりました。

    第三者を挟まずに、生音を届けられるか。

    音楽はレコードやカセット、CD、サブスクリプションサービスなど、電子的な変換を経て届けられてきた。より多く、より遠くに、よりよい音質で。ときには、ただ上質を目指すばかりではなく、デバイスのある種のチープさが特徴となりエモーションを引き出すこともあるだろう。コンサート会場においては、モニタースピーカーだけでなく会場全体の音響をコントロールする「PA(パブリック・アドレス)」が大きな役割を担う。各楽器の音をマイクで集め、バランス良くミキシングをしてスピーカーから的確に出力するシステム。それがプレイヤーと観客のあいだに入ることで、どの席に座っていたとしても均質に、安定的に音を届けられる。林さんは、その第三者の存在と技術をリスペクトしつつ、あくまでも、ダイレクトな生音にこだわりたいと考えてきた。

    林さん

    歴史をさかのぼると、ピアノは「フォルテピアノ」と呼ばれていました。大きな音(フォルテ)と小さい音(ピアノ)を出すことができる楽器、という意味です。まさにその名前の通りで、ピアノが持っている音の強弱の幅はとても広い。だから、より小さい音の世界を深めていくことによって、より大きなダイナミズムを生みだすことができると思っています。つまりピアニッシモ(きわめて弱く)がしっかり演奏できれば、メゾフォルテ(やや強く)くらいに高まっていくだけでも、大きなダイナミクスの変化を感じることができる。けれど、アンサンブルのなかで、周りの大きな音に合わせていくと、同じことが実現できないんですね。そこで、「間を奏でる」は、生音へのこだわりや「小さな音に寄り添う」ことをコンセプトにしたチームをつくりました。コンサートでは、楽器の音色をなるべくダイレクトに観客へ届けたいと思っています。

    小さな音に寄り添い、間を奏でる。

    もともと、林さんはピアニッシモ(きわめて弱く)を好んできたという。それは、たんに小さい音ではなく、あたたかみ、優しさがあり、聞くひとを惹きつける奥行きがある。生音のライブやソロの自作曲では、その繊細な音域を扱うことが、林さんの音楽性をかたちづくる個性のひとつとなった。

    バイオリン、ハープ、パーカッション、ベース、ピアノ。五重奏楽団の「間を奏でる」 はPAを使わないで演奏する。会場となる空間の響きをふまえて楽器を配置して、それぞれのプレイヤーが弾き方を考える。PAは、条件の異なる空間であっても、均質で安定的な音を出すために空間をコントロールするイメージだが、「間を奏でる」は、空間の特性を受け入れてその「場所」を響かせる、といったニュアンスも含んでいるという。

    林さん

    これまでは、音を足していくことで音楽を構築していました。けれど、最近はむしろ、削ぎ落としていくという思考です。そっちのほうが難しいのですが、音数を少なくして、一音一音の響きにこだわる。その音楽が聞き手に、風景であったり、喜びや悲しみといったひとつの感情を喚起してもらえるとしたら、それはもちろん嬉しいのですが、その一方で、音そのものを届けたい、という思いも強いです。音の流れそのものにただ身を任せてもらうような、そんな聴き方もしてもらえたら。

    アレンジする、という喜び。

    はじめて楽器に触れたのは、5歳のとき。半分は親の意志でピアノの稽古に通い、楽譜はしだいに読めるようになったが、練習を続けるモチベーションはいまひとつ保たれず、小学二年生で教室をやめた。林さんが演奏する喜びを知ったのは小学生の高学年のとき。ゲーム「ドラゴンクエスト」の楽譜を買って弾き、音楽はこんなにも楽しいんだ、と気づいた。そして、普段、自分が聞き馴染んでいたポップスを演奏するようになった。

    林さん

    五線譜上の音符を目で追って弾くというより、コードネームに沿って、自分なりにアレンジをして弾くようになっていました。中学に入ってギターもはじめ、楽器を超えて、もっと大きな「音楽」のようなものを見つけ出した感覚があったのが、その頃です。それから高校一年のときに図書館でたまたまジャズを聴いてみようとビル・エヴァンスのCDを借りました。そこには自分がいままで全く聴いたことがない、格好よさがありました。「いつか王子様が(Someday My Prince Will Come)」というディズニー映画『白雪姫』からの曲が収録されているアルバムです。あまりの衝撃にすぐジャズをはじめよう! と思い、高校2年生のときには、ジャズピアニストになろうと決めましたね。

    GALERIE VIE DIRECTOR’S NOTE

    「間」のあるシンプルな服を追求するときに誤魔化しが効かないのは、肌に触れるテキスタイルのクオリティと、ディティールの説得力です。このシャツは、リネン100%でありながら、荒々しく粗野な雰囲気のあるものではなく、繊細なタッチのシャンブレー生地。異なる色の経糸と緯糸が交差して、薄墨のようなグレーをつくりだしています。素材の風合い、色の印象を損なわないよう、ステッチは極く細かく、気配を消すように。ブランクな印象のボックスシルエットにアクセントを刻むのはボタンです。ワイドな身幅や袖の返しとの相性を考え、パジャマシャツなどに用いられることの多い、やや大きめのものを選んでいます。

    削ぎ落としながらも、何を残すのか。ギャルリー・ヴィーでは「守・破・離」のプロセスを大切にしています。長い歴史のなかで紡がれてきた洋服の型をまず知り、ときに破り、そして現代の感覚にフィットする「らしさ」を見つけ出す。印象を左右するほどでもなさそうに思える細部こそが、じつは全体の印象を決定づけます。音楽で言うところの「ピアニッシモ」にあたる小さなディテールを大切にデザインをしながら、こってりと、技巧的なムードになるのではなく、雰囲気はニュートラルに、着心地は軽やかに。着る人のパーソナリティを引き立て、心に作用するような服を追求しています。

    自分らしさ、をつねに意識する。

    そして、林さんにとって大きな分岐点となったのは、民謡歌手である伊藤多喜雄さんとの出会いだ。日本民謡をベースとし、ロックやジャズの要素を掛け合わせる異端児とともに、大学1年生で、いきなり、3週間にわたってのツアーに参加。パラグアイ、チリ、アルゼンチンなどを巡った。それは、伝統に根ざして深く理解しながらも、さらに音楽の可能性を広げようとするアーティストとしての姿勢を肌で感じる機会になった。

    林さん

    ジャズは、一生かけて磨いていく音楽です。そのルーツは西洋にあるけれど、僕は、日本人として何ができるのかをずっと考えてきたかもしれません。自分なりに礎を築いたうえで、理論にあてはまったことだけをするのではなく、どう裏切れるのか。音楽は、ミュージシャンやコンポーザーがゼロから生み出すのではなく、とてつもなく大きな歴史の流れのなかのひとかけらであると自分は考えています。ある音楽に感動した人たちが、それを受け、かたちを変えて次につなげていく。模倣ではなく、エネルギーの変換というか。誰かとのコラボレーションにおいても、常にその環境でどう自分らしさを活かしていけるかを考える。それは、伊藤多喜雄さんからもらったヒントかもしれません。

    会話に耳をすませるように、聞く。

    ジャズと民謡は、かけ離れているようで共通点もあったという。たとえば、即興性の要素。そうして、演奏をするもの同士が互いに影響しあいながら、そのプレイヤーのバックボーンとなる音楽の文化が織り合わせられていく。そうした融合をビビッドに表現できるのもまた、生音であり、「間」のある音楽なのかもしれない。

    ただ、ごちゃっとした一体になるのではなく、違うもの同士が、広々とした余白のなかで反応を起こしあう。それぞれの楽器の雑音やプレイヤーの息づかいやハミングさえも、その空間では聞き取れるかもしれない。大きな音量の音で空間を満たすのではなく、オーディエンスは、その場所に生じる、あらゆる音にたいして耳を傾ける。

    林さん

    ジャズは、譜面通りに音を鳴らす、というよりは、音で会話をしながら、その場で音楽として組み立てていくものです。たとえば、だれかの演奏するフレーズやリズムをそのまま真似するような軽い会話もあれば、予期せぬフレーズに触発されて、それが形を変えながら展開されていくようなより深い会話もある。ひとりの主役がいるのではなく、演奏者全員が主役であると言えます。だから、ジャズのレコードは、20年前に聴いたものを今聴いても、ここにこんな会話があったのかと気づくものです。せめぎあうのではなく、強弱に関わらずそれぞれの音が響く場所がしっかりとあり、その一音一音が、その先の展開を変えていく。作曲家としても、聴く人それぞれが耳を澄まして、ともに会話を楽しんでもらえるようなアンサンブルをつくっていきたいと思っています。

    ピアニスト・作曲家 林正樹さん

    HP:https://www.c-a-s-net.co.jp/masaki
    X:@masaki_pf



    BAROOM (バルーム)

    HP:https://baroom.tokyo

    東京都港区南青山6-10-12 1F 
    表参道駅より徒歩10分
    BAR営業時間|19:00 - 24:00(最終入店 23:00) 
    定休日|日・月

    2022年に誕生した「BAROOM」は、円形劇場、ミュージックバーがひとつになった東京・南青山のイベントホール。カーブを描くベルベッドのソファ席に腰掛けると、自然と、その夜のパフォーマンスに集中しようという気持ちに切り替わる。最先端の機器による音響環境を備えたホールの収容人数は100人ほど。演者と聞き手の距離は近く、リラックスした雰囲気と非日常の緊張感が共存する親密なコンサートホールだ。

    また、ホールを囲むケヤキを基調としたウッディなカウンターバーでは、曜日ごとに異なるセレクターが、貴重なレコードのアーカイブから音源をピックアップ。中央にあるホールで音楽に耳を傾ける時間。そして、音楽について、親しい相手と会話を楽しむ時間。音楽を起点として波紋のようにコミュニケーションが広がっていく円形の空間で、あらたらしい旋律との出会いを。

    林正樹さん着用アイテム

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