GALERIE VIE

voice vol.9

  • 福祉の現場にも、色を。

    voice vol.9 / Ami Takahashi

    アフターケア相談所 ゆずりは所長
    高橋亜美

    Photography | Yurie Nagashima
    Styling | Yuriko E
    Hair and Make-up | Rumi Hirose
    Text and Edit | Yoshikatsu Yamato
  • ギャルリー・ヴィーのスタンダードアイテムをご着用いただき、
    多様な分野で活動する方々にインタビューをする“voice”。
    ものづくりに込めたこだわりについて語る、作り手の声とともにお届けします。

    第9回のゲスト・高橋亜美さんは、
    児童虐待や貧困で親元を離れた子どもと共に暮らす、自立援助ホームの職員を経て、
    2011年より、アフターケア相談所「ゆずりは」を設立し所長を務めています。

    困難な状況に陥った方々から相談を受けて、日本全国に出向くほか、
    児童福祉法の改正案についての提言をするなど、
    多角的なアプローチで社会的養護のあり方を変えようと試みています。
    福祉の現場だからと自分を犠牲にするのではなく、相談者と誠実に向き合う方法とは。

  • 「アフターケア」の必要性。

    現在、アフターケア相談所「ゆずりは」の所長を務める高橋亜美さんが福祉の職員として最初に携わったのは、中学校を卒業した15歳から22歳の若者が対象の自立支援ホームだった。親は生きているが、虐待や貧困などを理由に児童相談所で保護された子どもたちが生活する児童福祉施設である。

    そこで、高橋さんが働いている間に見えてきたのは、対象となる上限年齢を迎えて、社会へと巣立っていく子どもたちが、施設を出た後で、厳しい社会生活を余儀なくされてしまう現実だった。

    高橋さん

    ともに笑ったり、泣いたりして時間をかけて信頼関係を築いて暮らしてきた子が、施設を巣立った後に、過酷な状況に陥ってしまうのを目の当たりにしてきました。たとえば、親のトラブルに巻き込まれて多額の借金を背負ったり、厳しい労働環境で虐待の記憶がフラッシュバックして精神疾患をかかえたり、性産業の仕事について妊娠してしまったり。そんなとき、施設を出て社会生活を送る子どもたちは、親や家族といった関係性を頼りにできません。また、就職、不動産の手続き、入院など、暮らしを営むための手続きで、保証人や緊急連絡先として、暴力をふるう親との関係に振り戻されてしまうこともあります。

    私が働いていた自立支援ホームでは、18歳になったら社会に出て、自立してやっていこうと背中を押していましたが、その制度の枠組みは、ある一面で「自立」「巣立ち」の時期を一律に強いているのではないか、と思ったのです。子どもたちは、もう人を頼っちゃいけない、と相談が遅くなって大変な状況に陥ってしまう。社会に出たことで孤立してして問題が可視化されずらいのです。「自立」という言葉にかんじがらめになって、ある時期が来たらひとり立ちすべきだと考えるのではなく、社会的な養護を巣立った後も、何かがあったら相談できる、つながりを継続できるセーフティネットになる場所を作りたい。それが「アフターケア相談所」のはじまりです。

  • 安心できる居場所づくり。

    2011年に設立されたアフターケア相談所「ゆずりは」の活動には、おもに2本の柱がある。国分寺にある「ゆずりは」の施設は、フルタイムで働けない精神状態にある人たちと一緒に働くジャムの工房があり、参加してくれたら工賃と交通費を当日に支払う。また、中卒や、高校を中退した若者に向けて、高卒認定の資格の学習会を開いているのだそう。

    毎週水曜日には、事前の予約なしで、気軽に集まってお茶を飲むサロンの日もある。話したり話さなかったり、漫画を読んだり、音楽を聴いたり。自分の暮らしを楽しむ居場所のひとつになるようにと開かれていて、高橋さんの他に5名のスタッフがいる。

    高橋さん

    相談は、国分寺の「ゆずりは」にふらっと来てはじまるというよりは、最初は、ホームページの問い合わせやメールで届きます。たとえば、「ネットカフェにいるけどお金が払えません。これから行くところもなくて、どうしたらいいですか?」。親やパートナーに暴力を振るわれている、暮らしのための場所がなくてホームレス状態になってしまっている、という連絡です。

    会う約束をしたら、一緒に役所で生活保護の申請をしたり、病院や不動産屋に行くなど、安心して暮らしていくためのサポートをします。相談は無料で、年齢の制限はありません。東京都内が基本ですが、地方に行くこともあります。ただ、相談者の方々は、私たちに相談したくて相談しているわけではない。相談せざるを得ない状況に追い込まれて、追い込まれて、やっと、勇気を振り絞って相談してくれている。連絡をしてきてくれてありがとう。まずはそういう気持ちで向き合いたいと思っています。

  • 相談をするまでに、立ちはだかる障壁。

    けれど、自分が受けている被害や、それによって引き起こされる心の問題は、当事者として渦中にいながらにして、他者に相談して助けを求めるのは簡単ではない。なぜならば、誰かに相談をしたらかえって過酷な状況になることが想像でき、その一歩が踏み出せなくなったり、加害者による日々の暴力や言動によって植え付けられた負の感情に支配され、問題を抱え込んでしまうからだ。

    問題のない幸せな「家族像」や「プライベートな問題は自分で解決すべき」といった社会規範を内面化して、自分の行動を制限してしまい、相談が遅れることもある。

    高橋さん

    周囲の大人に相談しても「あなたのお母さんが、まさかそんなことするはずない」と信じてもらえず、嘘つき扱いをされたり、支援者であるはずの福祉の窓口の人に、あなたにも良くない部分があったのではと「指導」される。そうして、身近にいる大人によってジャッジされ続けて、適切な支援を受けられずに自信や安心を奪われると、自分で自分を小さくするような考え方になってしまいます。

    極めて過酷な状態にも関わらず「これくらいのこと」と抱え込み、私への連絡にも「こんなこと、きっと対象にならないですよね」と卑下したり、大人や社会を疑い「どうせ助けてくれないだろうけど」と攻撃的にふるまってしまったりする。でも、私は「あ、やばいな」って思ったときに連絡する、頼ってもいいんだ、というふうに思えるような、制度や関係性がある社会になってほしいと思っています。

  • 「公式」から外れた福祉のあり方。

    高橋さんは、日々、さまざまな問題を抱える人との面談やメールや電話、支援措置の申請など、ひとりひとり問題に個別にアプローチする一方で、社会制度の枠組みを根本から変えていくために、児童福祉法の改正について省庁に呼ばれて提言を行うなど、政治の場にも、福祉の現場の声を届けている。

    そういった活動を積み重ねていきながら、傷を負った人の気持ちに安心を与えるのは、公式通りの「正攻法」だけではない、と話す。デリケートな状況や相談者の心の状態に寄り添いながらも、相談者に「気を遣いすぎる」のではない、正直すぎるほど正直なコミュニケーションを行なっているというのだ。

    高橋さん

    福祉に携わる人が、被害を受けた子たちを気遣いすぎるあまり、腫れものに触るようなアプローチになって信頼関係を築けない、という場面があると感じてきました。こういう話題は適さないのではないか、こんな質問をしたら傷つけるのではないか、と考えすぎてしまうことで関係性が深められないんですね。私は、答えたくなければ答えないでいいと伝えつつも「聴かせてほしい」と思うことを質問します。それによって相談してくれた人が一番苦しいと感じている問題を把握して解決の糸口を探れることの方が大事。回りくどい探り合いをするのではなく、自分についてもどんどん話す。そして同じように「私に何を話してもいい」というスタンスを伝えようとしています。

    何気ない普段の会話もそうです。映画の話をしたり、音楽の話をしたり、ファッションの話をしたり。タブーの話なんて、本当は何もないはずなんです。でも、福祉に携わる人間は慎ましくあるべきだ、と決めてしまったり、こちらが相手の状況を勝手に判断して、限定をすることで、相談者が出会う世界を狭めてしまう。私はそれをしたくないと思っています。

  • 自分を押し殺さない支援。

    福祉の仕事を20年ほどしている高橋さんだが、「自分らしくいる」ことは、支援者が継続して支援を行うためにも大切なのだという。正義感が強いあまりに、自分を犠牲にしてしまい、バーンアウトしてしまう支援者を見てきた。しかし、支援者はスーパーマンではない。

    高橋さん

    夜中の3時だろうと寝る間も惜しんで、あなたが求めるときにはいつでも駆けつける。話を聞き続ける。そんな人はいないし、数回ならできたとしても限界がある。そうではく、長く関係を続けていくためには支援する側だけが身を粉にするのではなく、お互いを大事にしようと伝えます。

    すると「私より、寝ることのほうが大事なんだね」と言われたりもするけれど、それは比べられないことだよと伝えます。「それならもう死ぬ」と自分の命を天秤にかけるようなことを言っても「わかったよ」と私は答える。「わかったってなんだよ」と言われるけど「わかったは、わかったなんだよ」とかね(笑)。そこで自分を押し殺して嘘をついてしまったら、本当の信頼関係にはつながらない。「お互いを大切にして関係を育んで、そのうえで、どうしてもしんどいときには私やるよ」と。ときにはぶつかって、仲直りをしてを繰り返しながら私自身も関係を育む方法を探っているんです。

  • GALERIE VIE DIRECTOR’S NOTE

    ギャルリー・ヴィーでは、服の色は着る人のアイデンティティに結びつくものだと考えています。自分の気持ちが高まる「好き」を外側に表現しながら、なおかつ、着る人の心持ちを保ってくれる。自己表現と内側への作用。このふたつの方向に、服の色は発揮されると信じて、ラインナップされるすべての色を大切にしています。

    リネンの生地は、透けづらいけれど厚くはない、軽やかな肉感です。生地工場に別注をかけて特別に作り出したあざやかな発色は、珊瑚のコーラルピンクが着想源となり、縦糸と横系を同じ色に染めるのではなく、縦にピンク、横にはオレンジを含んだ朱赤の2色で織り上げています。色が交差し、ビビッドなカラーでも奥行きを感じる色になるのです。また、糸は、リネンならではの節によって均一に染まりすぎないため、自然なムラがある風合いに仕上がっています。

  • 自分らしい色を身に纏う。

    高橋さんは、相談者と一対一で向き合いながら、自身の装いや、施設のインテリアなど、支援を取り巻く外側の環境へのこだわりも大切にしてきた。最低限の生活をサポートするというイメージの強い福祉の現場では、文化的なものの優先順位は下げられてしまう。

    しかし、支援を必要とする人との直接的な関わりのなかで、気に入っている洋服に身を包んだり、ささやかであっても暮らしの空間の「心地よさ」にこだわりを持つことの重要性を、高橋さんは肌で感じてきたという。

    高橋さん

    最近は変わってきましたが、福祉の現場では「彩り」や「心地よさ」といったものへの視点がないように感じてきました。たとえば、職員の服装は、動きやすさを優先するという理由でジャージの上下。福祉に携わる人はメイクなんてしないでしょ? という暗黙のルールのようなものを感じたこともあります。インテリアもそう。食器はご飯が食べられたらいい、電気はつけばいい。そういう考え方によって空気がどんよりしてしまったり、殺風景になっている施設が多かったのです。

    でも、施設が白い蛍光灯だけではなくて暖かい電球色もあるのって、私は全然違うと思う。私が「ゆずりは」を設立する前に働いていた自立支援ホームでは、職員も「自分が好きなものやことを大切にしよう」という方針がありました。たまたま私は洋服が好きで、自分が着ていて嬉しくなる服を着ているのは、自分にとって大切でした。一緒に暮らしている子たちも「アミさん、それはどこで買ったの?」と声をかけてくれたり、ピンクばかり着ていた日には「その組み合わせはさすがにやばくない?」とツッコミをしてくれて話が広がったりもして。お金をかけるのではなくても、好きな服を選んでみる。心地よさのために工夫してみるといきいきしてくるし、そういう大人が身近にいることはいい影響があると思います。

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