voice vol.5 / インティマシー・コーディネーター 浅田智穂 「映画が求めた第三者。」
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voice vol.5 / Chiho Asada
映画が求めた第三者。
インティマシー・コーディネーター 浅田智穂
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映画が求めた第三者。
voice vol.5 / Chiho Asada
インティマシー・コーディネーター
浅田智穂Photography | Yurie Nagashima
Styling | Yuriko E
Hair and Make-up | Momiji Saito
Text and Edit | Yoshikatsu Yamato
ギャルリー・ヴィーのスタンダードアイテムをご着用いただき、
多様な分野で活動する方々にインタビューをする“voice”。
ものづくりに込めたこだわりについて語る、作り手の声とともにお届けします。第5回のゲスト・浅田智穂さんは
俳優が映画やドラマの撮影で性的なシーンを安心・安全に
演じられるよう調整を行うインティマシー・コーディネーター。一人ひとりの意思が多様化している現代、
今までは声にならなかったNOが世界を変える力に繋がっています。
豊かな意見を持った人と人の間に立つ浅田さんの活動を通して見えてくる
繊細なコミュニケーションの在り方とは。
インティマシー・コーディネーターとは。
セックスシーンやキスシーンなど、実写映画の親密な展開は、俳優がカメラの前で互いに触れあい演じることによって、映画館のスクリーンや自宅のパソコン、片手に持つスマートフォンに配信されて、見る者の気持ちを揺さぶってきた。スクリーンに映っているのは、人形ではないしロボットでもない。
インティマシー・コーディネーターとは、俳優が肌を露出して疑似性行為をするシーン、身体的な接触があるインティマシー(親密)な場面を撮影するにあたり、撮影を始める前の段階から、監督やプロデューサーといった制作側と俳優のあいだに入って双方の声を聞き、心身のケアや同意書の作成といった調整を行なう新しい職業だ。
浅田さんは、アメリカを拠点とする組織 IPA(Intimacy Professionals Association)で養成プログラムを受け、2020年にインティマシー・コーディネーターとしての活動をスタートした。IPA公認に至るまでの研修では、ジェンダー、セクシュアリティについての知識を深め、同意を得ることの大切さや、どうしたらハラスメントやトラウマ(心的外傷)を防ぐことができるのか、監督や俳優とのコミュニケーションの取り方、さらに、俳優の局部を隠して保護する「前貼り」をはじめとするアイテムの使用方法を学んだ。浅田さん
私の仕事は、まず脚本を読み込んでインティマシーなシーンを抜粋します。たとえば、脚本に「愛し合う二人」と書かれていたとしますよね。抱きしめあい、情事がはじまり、高まっていく。でも、どのように映すのか? 高まってからを見せるのか、見せないのか。「キスをする」といっても、口を開くのか、舌を入れるのか。互いの手はどこにあるのか。どのようなアングルで撮影するのか。脚本のワンフレーズやト書きから想像する映像は、監督やキャスト、私でそれぞれ違いますよね。
そこで、映画の制作において大黒柱となる監督のビジョンをしっかりとヒアリングします。そして今度は、個別に俳優と面談をして、演出について話す。動きや露出の程度を伝えて、これはできるけど、これはできないといった、具体的な許容の範囲を確認するんです。監督や演出家の演出意図をよりよいかたちで実現したいと願っていますが、俳優を説得したり強制したり、意見を丸め込んだりは絶対にしません。俳優が身体的にも精神的にも安心・安全に撮影ができるようにサポートをするのがインティマシー・コーディネーターの役割です。
異なる立場に橋を架け、作品の質を高める役割。
現場での予想外の展開が引き起こす「化学反応」や「自然さ」を信じる監督や演出家がいる一方で、インティマシー・コーディネーターという職業が生まれる以前にも、制作側がキャストに演出の意図を説明し、同意を得るためにコミュニケーションを取る機会はもちろんあった。しかし、両者のパワーバランスが必ずしも対等ではない場合はどうだろうか?
たとえば、企業で優位な立場にある上司が、部下に無理な要求をしたとする。「もし断ったら、自分の立場がなくなってしまうかも……」という不安に駆られて、心から嫌だと思う要求に部下が応えざるを得ない、といった状況があるとき、その「同意」は真意なのか。権力の不均衡を利用して行われる強要こそがハラスメントの問題なのだ。浅田さん
「あれはだめ、これはだめ」と取り締まりをするために、私たちは映画製作に関わっているのではありません。俳優が気持ちよく演技に集中して、表現の幅を広げることを手助けしたい。今まで俳優は「明日どこまで脱がされるんだろう・・・」と不安を抱いていたのかもしれませんし、男性の俳優の方が相手役の女性の方を気遣って「これをしたら悪いかもしれない」「傷つけたらどうしよう」とケアをあれこれとしないといけなかったかもしれない。演技以外の仕事が多くなってしまっていたんです。そこで、第三者の私が間に入って、ケアを一挙に任せてもらう。そうすることで、より深くお芝居に集中できたと言ってもらえるとすごく嬉しいですね。
監督としても「脱いでくれるのかな、どうなのかな?」と思っていたら、それより先は想像でしか考えられませんよね。でも、許容範囲がはっきりしていれば具体的な工夫が考えられる。だから、インティマシー・コーディネータに「制限をかける人」という間違ったイメージを持ち、風当たりの強い現場もありますが、そうではない、と伝えています。もちろん、現場にいる私の存在が抑止力になる側面はありますが、あくまでも私たちは、監督とキャストの架け橋になることで結果的に作品の質を高めたいと思っています。
“間”に入る仕事のやりがい。
高校と大学をアメリカで過ごし、ノースカロライナ州立芸術大学で照明プランナーになるための勉強をしていたという浅田さん。帰国後に、舞台の仕事をしているときに関わりがあったダンスカンパニーが海外で受賞し、ヨーロッパでのお披露目公演で舞台照明と通訳ができるスタッフが必要になり、声が掛かった。初の通訳経験となったが、日本に生まれたというルーツとよくも悪くもアメリカナイズされていた自身の発想や言動の両方を、通訳で活かせたことが嬉しかった。
その後、テーマパークのオープン準備やFIFA日韓ワールドカップに通訳として携わり、東京映画国際映画祭への参加をきっかけに、日本のエンターテインメント界との関わりを深めていく。日米合作の映画づくりや、海外を拠点とする演出家や振付師による舞台公演の通訳として、海外スタッフと日本のキャストの間に入った。浅田さん
主演の一人である水原希子さんの提案もあってNetflix映画『彼女』の撮影に、インティマシー・コーディネーターの登用が必要になりました。そこで、映画でのお仕事で関わりがあった方が私に声をかけてくれて。正直、難しい仕事だろうなと思いました。通訳として映画制作の現場にいた経験からして「煙たがられる現場もあるだろう」とは容易に想像できた。ただ、撮影現場での経験を振り返ると、演者の皆さんが置かれている環境を大変そうだと感じることは多かったし、顔が思い浮かぶ役者の友人たちもいました。
キャストは、舞台上やカメラの前で身体ひとつで感情を表現します。これってすごく繊細なことですよね。自分が簡単にサポートができるとは思えなかったけれど、困っていることがあったり、彼らがよりよい表現をするためにストレスを減らすことができるのかもしれない。映画を作る現場には労働環境の過酷さなど問題は山積みで、私一人でそれを変えられるかと言ったらそうではない。でも、何か行動をしないと何も変わらない。突き詰めて考えて、挑戦してみたいと思ったんです。
GALERIE VIE DIRECTOR’S NOTE
「これさえあれば」と幅広いスタイルの方々から支持をいただき、定番として育ってきたラムズウールのニット。ふんわりしながらも、凛として立ち上がるネック。引き締めずにすとんと落ちる袖口、前後差をつけた丈など、細やかな部分にこだわり、どんな体型の方も、それぞれのプロポーションでほどよく馴染み、リラックスした雰囲気で着られるバランスになっています。
以前、ハイネックのニットを作らなかったシーズンがありました。お店のスタッフや、カスタマーセンターを通して「次のシーズンには販売がありますか」といったお問合せをいただき、再び作り始めたアイテムでもあります。
コロナ禍には、公式アカウントで初めてのインスタライブを行いました。お客様のコメントは興味深く拝見しています。また、お店に立つスタッフの意見を聞いてデザインに活かすこともありますし、工場や職人と膝を突き合わせて行うコミュニケーションもまた重要なプロセスです。洋服づくりの現場も、お客様をはじめ、ブランドや工場が双方向に声を交わしあうことで、よりよいアイデアや実行力につながると信じています。
人と人が紡ぎ出す作品。
インティマシー・コーディネーターは、もともとアメリカの#Me too運動をきっかけに映像制作の現場で導入が進められた。#Me too運動とは、ハラスメントや性暴力の被害に沈黙するしかなかった立場の弱い人が、SNSを通して被害を共有するために声を上げ、社会運動のうねりが世界各地に広がっていった。「あなただけではなく、私も」というメッセージは、被害を受けた人たちが社会的な共感を示し、ともにつながりを感じながら変化を促す力を作り出したのだ。
浅田さん
「いろんな人々が、自らの意思を伝える」ということを少しずつ実現してきた今だからこそ、多様な意見を調整するインティマシー・コーディネーターが必要になったのではないかとも考えられますよね。だとしたら、誤解や摩擦は今もあるけれど前進はしてきたと思えるんです。
なによりも私は、みんなが意見を伝えあって作品を作っている現場が好きです。映画や舞台を作り上げるプロセスや、人と関わっていくことが好きなんだと思う。眉間に皺を寄せてしまうようなことがあっても、人間の尊厳に関わっていることをいつも意識して、役者や監督、ものづくりをするチームに愛情を持ってこの仕事をしていきたい。「新しい仕事」として認知を広げることも今は必要ですが、インティマシー・コーディネーターが映画やドラマ制作の標準として根付き、話題にもならないくらいになれば嬉しいです。コミュニケーションは、現場の数だけある。必要とされる繊細さや、丁寧さは千差万別だ。映画の最後に流れるエンドロールのように、制作に関わった人たちを紹介する機会は、洋服の世界にはなかなかないけれど、ものづくりは物や技術だけで進んでいくわけではない。ある洋服が編み出されるまでには、どんなコミュニケーションがあったのだろう? インティマシー・コーディネーターという職業の存在は、人と人がする丁寧なやりとりについて「想像しなおすこと」を私たちに問いかける。
仕事相手、家族、友人。日常的な関係性のあいだのすべてに、調整を行う「第三者」が入るのは難しいかもしれない。しかし、浅田さんのお話から具体的に想像をしていける「第三者」の視点は、異なる意見を持った者同士が、どのように折り合いを発見して、創造的なアプローチで関係を編み込んでいったらよいのかを前向きに考えるための糸口を教えてくれるのではないだろうか。
浅田智穂 ウェブサイト
www.chihoasada.com