voice vol.7 / 編集者・文筆家 若菜晃子「人はつねに地上の一点である。」
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GALERIE VIE
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voice vol.7 / Akiko Wakana
人はつねに地上の一点である。
編集者・文筆家 若菜晃子
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人はつねに
地上の一点である。voice vol.7 / Akiko Wakana
編集者・文筆家 若菜晃子
Photography | Yurie Nagashima
Styling | Yuriko E
Hair and Make-up | Momiji Saito
Text and Edit | Yoshikatsu Yamato
ギャルリー・ヴィーのスタンダードアイテムをご着用いただき、
多様な分野で活動する方々にインタビューをする“voice”。
ものづくりに込めたこだわりについて語る、作り手の声とともにお届けします。第7回のゲスト・若菜晃子さんは
登山の専門出版社・山と溪谷社で『山と溪谷』副編集長、
『wandel』編集長を経て、現在はフリーランスの編集者、文筆家として
山や旅、自然に関する書籍や雑誌の編集・執筆を手がけています。
また、身近な自然がテーマの小冊子『mürren(ミューレン)』や、
エッセイ集『街と山のあいだ』、『旅の断片』、『途上の旅』で綴っているのは
山歩きの記憶や、旅先でのささやかな出来事。
若菜さんの風景へのまなざし、身近な自然との関係をたどります。
砂漠で出会った、寄るべのない自分。
自然とは、なんだろう。思い返せば、子どもの頃から今に至るまで、ありとあらゆるところで見聞きした「自然」という言葉の指し示す範囲はあまりにも広い。環境問題のキャッチコピーでは、自然は守るべきものであり、観光客にとっては目的地、食やファッションの分野ではそれは素材になる。
あまりにそこらじゅうにあるために、あるようでないような「自然」について言葉を紡ぐとき、若菜さんはその雄大さに目をみはりながらも、ひとりの人間が身を以て感じられる、小さなスケールでの思考を行き来する。若菜さん
南米チリのアタカマ砂漠に行ったとき、乗っていた飛行機が高度を下げると、窓の向こうに砂漠が見えてきます。するとなにもない砂漠の地表に一本だけ道が通っているのが見える。さらに高度を下げると、だんだんとそこを車が走っているのがわかります。やがて滑走路が見えてきて、砂漠のただなかにある小さな飛行場に降り立ちます。
車を借りて向かった町では人々が暮らし、お店があって、ホテルもあります。そして私は部屋に入ってベッドの端に座る。そのときに思ったんです。自分はこの部屋を安心できるところだと勝手に思っているけど、ここだってもとは砂漠だと。「自分が座っている部屋の下はあのなにもない砂漠だ」と考えたとき、この場所に限らず、人間はつねに地上の一点でしかないと感じたんです。
自然に溶け込む瞬間。
広大無辺な自然を人は「絶景」と呼んで、見る対象として自分と切り離す。しかし、若菜さんがインタビューで回想してくれた山や旅での経験には「自分もまた自然の一部である」という実感がところどころにあった。自分とはどういう存在なのか。職業や社会的な役割をその答えとするのではなく、ぽつんとただ存在しているに過ぎない自分を思い出すきっかけになるのが、山であり、自然への旅なのだ。
若菜さん
雨に降られながらずぶ濡れになって山を歩くことは、私にとっては貴重な体験です。滑りやすくて危ないとか、服が濡れて気持ちが悪いとか、体温が下がるなど、二次的な心配はあるのですが、街ではなかなかできないことです。地面も、木も、草花も、鳥や虫も、すべてが同じように雨に濡れていて、自分も濡れている。今、自分は自然と同化しているんだなと思う。普段なら傘があるし屋根がありますよね。自分が自然の一部だということは感じづらいと思います。
夕方、山を歩いていて、あたり一面が夕陽に照らされているときにもそんなことを感じます。一緒に来ている相手の額も、山の稜線も、草の穂先も、そして自分も太陽の光に照らされている。そこにあるすべてのものが、同じように光を浴びてきらきらと輝いている。そんなシンプルなことに山では意識が向くんです。
植物の動きから時の流れを知る。
今回の取材で訪れた国立科学博物館附属自然教育園は、目黒駅から徒歩9分という都心部にありながら、植物がいきいきと育つ森林緑地だ。旧武藏野の景観を保ちながら、植物は整備されすぎずに育っている。そんな植物の様子が好きで、若菜さんは年に何度か、訪れる季節を変えて足を運んでいるそう。
園内に入ると、空は木の葉におおわれて周りの建物は見えない。種名の表示や解説で、植物の存在をより身近に感じられるのも嬉しい。山でも街でも公園でも、若菜さんはいつもスケッチブックを持ち歩き、気になった植物や風景、ふと思い浮かんだことを書き留めている。若菜さん
これは描きたいと思ったとき、立ち止まってスケッチブックを開きます。新芽を描こうとすると、最初にきっちり折りたたまれていた葉が出て、その葉は銀色に毛羽だっているんだな、と小さな発見がある。じっくり観察をしてみると、それまでは知らなかった自然に気づくんです。そうして静かに生きているものを描いているときはすごい幸せだなあと思いますね。
植物は時間の流れも教えてくれます。自然教育園には、いつも必ず見るウバユリがあるのですが、夏のはじめに蕾をつけていたものが、秋になると花の時期を終えてすっかり実をつけている。私は「はやいね!」なんて愛着をもって接しているけれど、彼らにしてみたら、そこで着実に生きているだけのことなんですけど(笑)。自然の姿から、ああ、季節は動いていたんだなと感じます。
GALERIE VIE DIRECTOR’S NOTE
光の陰影を美しく作り出すウールは、ニュージーランドの牧場でのびのびと放牧で育てられた羊の毛を使用しています。ストレスを感じづらい環境で育てられた羊の毛は、ふっくらとしてバルキー性に優れています。手摘みで収穫された綿が、機械で刈り取られたものよりも柔らかい風合いを保つのと同じように、周囲の環境や収穫の方法が生き物である自然素材の質を左右しているのです。
また、裏地は袖裏にだけ付けることで、軽やかな心地を実現しました。必要なものだけを残したミニマルなつくりにしているため、裏返しても美しいコートです。縫製はほとんどが手作業で行われており、そのために、洗練されていながらも、角のとれた柔らかい雰囲気になります。プリミティブな方法で人の手が作り出す味わいは、マシーンがどこまで進化しても到達することが出来ず、色褪せることがありません。
顔なじみの友人に会うように。
広大無辺な地上にぽつんとひとり立っている。足元に目線を落とせば、植物は葉を広げて花を咲かせている。新芽の青々とした先端や、雄大な山の輪郭をスケッチブックに描き写す、静かで、孤独で、開放感のある時間。マクロとミクロの視点を行き来しながら、若菜さんは山と自然と対話をして、自分自身にも立ち返る。そうしようと思ってしているというよりも「山を歩く」「旅に出る」という極めて単純な行為をしていると、普段見過ごしている自分自身に向き合うことになるのだ。
若菜さん
山には、大きな世界と小さな世界の両方があります。そして、それらがつながっていることを、山は思い出させてくれます。けれども、この感覚は山でしか得られないのではなく、気がついていないだけで、身近にもあるのではないでしょうか。昨日立っていた山の頂上と、今日のこの地面はつながっている。まったく分断されていない。見上げる空もそう。すべては続いているんです。
山にも街にも自然はそこにあって、変化しています。都会であっても一本の街路樹がいろいろな表情を見せてくれる。登山やアウトドア、と聞くと、アドベンチャーやワイルドネスといった部分が強調され、特別な人だけが「挑む」イメージがあるけれど、実は、誰にでもできることであり、行ける場所はたくさんあります。自然に「親しむ」ことで、顔なじみの友人の違う表情をすこしずつ見つけていくような楽しさもあるのではないでしょうか。公園の散歩からはじめて気づいたら山の頂上にいた、くらいの気持ちで山や自然に足を向けてもらえたらと思います。
心が安らぐ感覚は、冬の寒い朝にあたたかなロングコートに袖を通す瞬間にもある。大好きな愛犬や、膝に乗って眠る猫とくつろぐ時間、ベランダの植物の成長に励まされることもある。部屋の片隅にある小さな置物たちが作り出す景色もまた、気持ちのよりどころになる。
けれど、その一方で、愛着のある風景を、外に持つのはどうだろう。「外」というのが肝心かもしれない。自分とは無関係に、生命をまっとうしている植物。ただそこにある山。そこに行きさえすれば、ただ存在して葉を揺らしている木。
ギャルリー・ヴィーの洋服は、服そのものに注目がそそがれるのではなく、着る人自身が身の回りの景色を見つめようとする姿勢に寄り添う存在でありたい。自分の外側に目を向けてみると、小さな発見がある。すぐに誰かに共有できることではなくてもいい。自分と自然の間だけの関係性だ。それをすこしずつ自分のなかに積み重ねていくと、街での生活や、人とのつながりにも新しい風が吹くのかもしれない。
- 国立科学博物館附属自然教育園
東京都港区白金台5-21-5
JR山手線 目黒駅東口より目黒通りを徒歩で約9分
www.ins.kahaku.go.jp
9月〜4月|9:00〜16:30
5月~8月|9:00〜17:00
※いずれも入園は16:00まで。
休園日|月曜(祝日または振替休日にあたる場合は翌日)、祝日の翌日(土・日曜の場合は開園)、12月28日~1月4日
※詳しくは 休園日情報 をご覧ください。