GALERIE VIE

voice vol.20

  • やさしさにたどり着く。

    voice vol.20 / Mayumi Onagi

    漆芸家

    小梛 真弓

    Photography | Yurie Nagashima
    Styling | Yuriko E
    Hair and Make-up|Momiji Saito
    Text and Edit | Yoshikatsu Yamato

    ギャルリー・ヴィーのスタンダードアイテムをご着用いただき、
    多様な分野で活動する方々にインタビューをする“voice”。
    ものづくりに込めたこだわりについて語る、作り手の声とともにお届けします。

    連載の結び、最終回のゲスト・小梛真弓さんは、
    国内外のギャラリーで漆の作品を発表してきた漆芸家。

    奈良時代から続く伝統技法を受け継ぎながら、
    制作のたび、漆と出会い直すような気持ちで向き合っている小梛さん。
    かたちを指先でなぞり、なで、たしかめるように素材と対話し、
    手を介して思考を紡いでたどり着く、漆の「やさしさ」とは。

    樹木の「血液」を用いて。

    樹木の皮を削り取り、傷口からしみ出る樹液で、儀礼の道具や仏像をつくりだす。漆は、時間をかけながら湿度と結びついて固まり、強度を高め、つややかな輝きを出すが、人はそのはたらきに「守る」「修復する」「封じ込める」といった思いを重ねてきた。

    漆芸家の小梛真弓さんは、祈りと制作行為が一体となった「乾漆(かんしつ)」という技法で、漆の作品を生み出してきた。漆と米糊を混ぜた天然の接着剤で麻布を貼り、漆と珪藻土をねり合わせた下地で繊維の隙間を埋め、何枚も貼り重ねて造形する。適度な厚みになったら芯材を取り除くため、最終的に内側は空洞となる。奈良時代から続く伝統技法であり、たとえば、興福寺の阿修羅像もこの技法が用いられているが、小梛さんが作り出すのは、現代の暮らしにおいても、心の拠りどころとなるオブジェである。

    2017年の国際漆展石川では大賞、2022年にはLoewe Craft Prize(ロエベ クラフトプライズ)でファイナリストに選出された。韓国や台湾、ドイツでの展示を重ね、ロンドンのギャラリー〈SARAH MYERSCOUGH GALLERY〉での取り扱いや、パリのヴィンテージクローズとジュエリーの専門店〈Preclothed〉とのコラボレーションなど、国際的な場で乾漆の作品を発表している。

    小梛さん

    ひとつの作品がかたちを持つまでに、60もの工程があります。素材を混ぜ、重ね、浸みこませ、すりこみ、塗り重ねる。固くなるのを待ち、削り、かたちづくる。指でこする、なでる、磨く。何度もなで、たしかめる。漆にふれているあいだは、「漆時間」というようなじっくりしたもので、時間の流れ方が違うように感じます。

    もともと、漆は人間のための素材ではありません。ウルシの木のためにあるものです。昔から、漆の木は人が利用するために栽培され、樹液を採取されていますが、「使わせてもらっている」という意識があります。ですから、こうしてやろう、とコントロールしようとしても、美しさは引き出せない。我を通すのではなく、身を委ねる。ただ、その一方で、漆という自然の素材は人が作り出した「伝統」や「技法」に閉じ込められるものではないとも思っています。「漆らしさ」や「漆ならこうであるべき」という枠組みの外側にある、より自由なあり方と出会うために、まっさらな気持ちで向き合うよう心がけています。

    小梛さんのオブジェは空気の揺れ動きのようであり、水のようでもあり……。見る人が、思い思いに連想を広げる、まさにその空想のふくらみそのものを描いたようだが、どのようにかたちが定められていくのだろう。

    「手で考える」。頭の中でコンセプトをあらかじめ考え、それをかたちにしていくよりも、手にふれながら、かたちを探す。絵をスケッチブックに描き、それを出発点としながらも、粘土などを使って実際に立体にしてみると、平面には描きこまれなかった細部や、連続していく曲面に目が留まる。

    小梛さん

    共通しているのは、いのちを感じるような気配を求めることかもしれません。どうしたらいきいきするのか、漆やかたちが問いかけてくるものを受け取りながら、手を動かします。ただ、漆のものづくりは、大きいものならばおよそ半年ほどの長い制作期間がかかる。長い時間で付き合うものなので、私自身にとっても、その場限りの感興をもたらすものでは飽きてしまいます。

    たとえば、元気な日にかたちの方向性を定めても、工程を進めていくなかで、ときには気持ちが沈んでいたり、体調を崩している日もあります。そんなときにもアトリエで見て、ふれます。すると、励ましてくれる面が見えたり、心を落ちつけてくれる表情を知る。長い制作のなかでも、あるとき、手を加えるのはこれで終わり、と心に決める瞬間は必ず来るものですが、完成を迎えるのは、ものが一色ではない気配を帯びたとき、と言えるかもしれません。

    乾漆を用いて、鞄や椅子、ペンダントやバングルといった用途のあるものや、手のひらに収まる小さなもの、さらに大きなオブジェも制作してきたが、小梛さんは、それらをすべて、触覚でも味わうものであってほしいと願ってきた。作る過程でも、触覚によって感じとる部分は多い。大きなものは、腕をまわしてかたちを探ったりと、からだごと触れ合う場面もある。

    小梛さん

    「オブジェ」と呼ぶと距離感があるように感じて、違うあり方はないものだろうかと歯がゆく思ってきました。漆のつややかな表面や、その存在感もあいまって、なかなか展示会でふれて頂くのは難しい場面もありますが、視覚的に見るだけでなく、ぜひ、触ってかたちや手触りを感じていただきたいと考えています。そして、物を介して、感じたことをお話ししていただくのも楽しいひとときです。

    直接では恥ずかしくとも、物を介すると話しやすかったりしませんか? 訪れた方が作品を目の前にして大事なことを教えてくださる。その時間や言葉に励まされて、また作ろうと思えるのです。さらに、それが人の手に渡ったあと、物にまつわる物語がそこから紡がれていき、それをまた別の展示会でお会いした際に教わることも喜びのひとつです。

    伝統技法、と聞くと、ひたすらに一本道を歩んできた作り手なのだろうと思われるかもしれないが、小梛さんが漆に巡りあうまでには複数の分岐点があった。

    お父さまの実家は石川県。小学生のときには金沢や輪島に行っていた。小学生の4年生のときに、夏休みの自由研究で輪島塗りの工程を見学する。「身の回りにある物って、ひとが作っているんだ」。初めてそう意識したことを記憶している。

    中学時代には手芸に熱中し、高校で美術やデザインの基礎、デッサンなどの勉強をはじめ多摩美術大学に入学。しかし、そこでも工芸の道に進んだわけではなく、建築を学んだ。

    小梛さん

    手元で何かを作る、ということを幼い時からずっとやっていたので、あまりにも自分の好きなもの過ぎると感じ、より大きなものへの興味から建築学科に進みました。住宅や、都市計画、インテリアなどを総合的に学んでいましたが、数字で詰めていく構造的なアプリーチよりは、感覚的なところを扱う意匠の方向へ進みました。空間の気配だったり、空間の質に関わりたいと思ったのでしょう。

    そして卒業後は、日本庭園の設計事務所に就職をした。2年ほど経ったとき、庭園の設計に意義を感じる一方で、デスクに座り、頭で考えることが主である「設計」の仕事に、どこか、身体的なもどかしさを感じはじめたという。

    小梛さん

    建築において、設計者は模型や図面などを引くために手を動かしはするけれど、実際に素材に触れ、かたちを作っていくのは職人さんであるという当たり前のことが、だんだんはっきりとしてきました。私は、自分の手やからだを使ってつくることが好きだった、ということを、あらためて実感したのです。庭園の設計は、2年続けたくらいでは到底わからないほどに奥深く、素晴らしい仕事だと思いましたが、このまま年を重ねてずっと続けられるだろうか、と考えたとき、違うかもしれないと思ったのです。そして、夏休みの自由研究で目の当たりにした、漆の記憶がぐるりと戻ってきたのです。

    GALERIE VIE DIRECTOR’S NOTE

    3本の糸を引き揃えて編んだファインウールのニット。空気をふくんだような天然の生地はふっくらと軽やかであり、あたたかいもの。肌がちくちくしづらい、やさしいタッチです。この風合いは、年によって変わる羊毛のコンディションを見極め、洗いの時間や薬品の濃度を微調整する、職人の技によるもの。さらに、古い編み機を人の手で丁寧にメンテナンスをしながら使用しています。

    人の手がさまざまに介しているニットを、時代が移り変わっても廃ることのない普遍的なニットとするために、裾と袖口は同じリブで、首元は違うリブにするなど、シンプルでありながらもデイティールにこだわっている。このVネックの仕様は、ディレクター自身が店頭でお客さまとお話を交わした際にリクエストを受けたことで、ふたたびの提案が実現しました。

    ディレクターズノートでは、連載として回を重ねながら、ブランドのシグネチャーが生まれた背景や想い、ものづくりに関わる技術を伝えてきました。しかし、服が、お客さまにもたらす反応は「なんだか気持ちいい」といったシンプルで感覚的なものであってほしい、その直感がなによりも大切だと思っています。気分の明るい日も、暗い日にも、ふと手を伸ばしてしまうのは、やさしく肌に触れ、身体をおおらかに包みこむ服。主役は、着る人自身。時間が経っても揺るがない、心地のいい服をこれからも届けていきます。

    「自分の手やからだを使って、ものづくりをしたい」。その思いは確信に変わっていったが、小梛さんの周りには、漆をはじめ、ものづくりを生業にしている人はいなかったそう。どうしたら、学べるのだろうか。そこで、図書館に通い、片っ端から漆に関連する本を読んだそう。そのうちに、千葉の印西市に暮らしている漆の先生がいることを本で知る。東京藝術大学で漆を教えていた名誉教授の大西長利さんだ。

    小梛さん

    文章から、なんだかやさしげな雰囲気がただよっていたこともあって、勇気を出して電話をしました。24歳の頃です。工房を訪ねて先生にお会いし、ものづくりに対して感じていることや、漆への思いを伝えると、勉強しに来てよいと言っていただき、「来週から行きます」とすぐに答えました。ですが、設計の事務所でのプロジェクトがいくつかあったので、はじめは土日に通い、退職をしてからは毎日、朝から夕方まで 、あわせて3年間、先生に教えて頂きながらお仕事をさせて頂き、漆について学びました。

    大西先生の工房で、小梛さんが学んだのは、単に「技法」であるだけではない。漆の一滴一滴を扱う手つき、まなざし、その姿、漆に注ぐ愛情を目の当たりにした。その情熱こそが、ひとりで制作を続けていくことにともなう孤独を支えてくれる、と知る。

    小梛さん

    大西先生が話してくださったことで、心に残っている言葉があります。あるとき、先生は「漆って、やさしいんだよ」と教えてくれたのです。そのとき、なんだかすごく嬉しくなって、胸があつくなりました。物にまつわる価値観のなかに「やさしさ」というものがあるんだ。漆って、やさしいんだ。

    私はあまり言葉で表現することは得意ではないけれど、漆では「心を込める」ということをまさにこの手でできるような気がするのです。重ね、浸みこませ、すりこみ、塗り重ね、待ち、削り、かたちづくるといった乾漆の工程は、思いを込める行為そのものであり、やさしさへと向かっていく道のりだと思うのです。

    インタビューの連載“voice”は、今回の記事で最終回となります。
    ご出演いただき、想いを言葉にしていただき、
    「声」を届けてくださったみなさまに感謝を申し上げます。

    小梛さん着用アイテム

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