GALERIE VIE

voice vol.17

  • voice

    GALERIE VIE

    わりきれなさと
    向き合う。

    voice vol.17 / Kakuro Sugimoto

    漢方家

    杉本 格朗

    Photography | Yurie Nagashima
    Styling | Yuriko E
    Text and Edit | Yoshikatsu Yamato

    ギャルリー・ヴィーのスタンダードアイテムをご着用いただき、
    多様な分野で活動する方々にインタビューをする“voice”。
    ものづくりに込めたこだわりについて語る、作り手の声とともにお届けします。

    第17回のゲスト・杉本格朗さんは、
    大学では染織、テキスタイルデザインや現代美術を学び、
    2008年より鎌倉市大船にある創業1950年の〈漢方杉本薬局〉に入り
    老若男女の心や体の悩みに向き合う漢方家。

    長い歴史に根ざした漢方という文化は、どのように現代の暮らしに寄り添えるのか。
    古くからある漢方が、今もなお必要とされる理由を聞きました。

    かくも面白き漢方の世界。

    デートに行くとき、満員電車に乗る前、プレゼンをする前、深夜の仕事、二日酔いを予防したいとき。杉本さんの著書『鎌倉・大船の老舗薬局が教える こころ漢方』(山と渓谷社)には、気疲れや、喉・胸のつまり、眠りの浅さといった体の不調のほか、より日常的で「あるある」なシチュエーションに対して活用できる漢方が紹介されている。薬局を訪れる人から相談を受け、植物の根や葉、皮、果実、動物の分泌物、鉱物からつくられる自然由来の生薬を調合する杉本さん。ときには健康食品も提案しながら、ひとりひとりの悩みや「こうありたい」に漢方を届けてきた。

    杉本さん

    家業に入ることを決め、祖父や父と交流のあった先生の講義で陰陽五行、気、血、水といった漢方の理論を学んだとき「なんだこれ」とその面白さに驚きました。抽象的でありながらもロジカルで体系的。まるで現代美術のコンセプトのようでありながら、漢方は歴史ある自然哲学に根ざしていて、先人たちがトライアンドエラーを繰り返してきました。

    その初回の授業の翌日、朝鮮人参が入った漢方薬を飲んでみました。当時、あまり眠りが得意じゃなかったのですが、1回まばたきしたという感覚で朝になっていたんです。僕としては「えっ、寝てないよね?」と思うくらい瞬間的でしたが、たしかに時間は経っている。それから毎晩飲んでみたら目覚めがよかった。「自分に不具合があったらチャンス」くらいの感じで、ひたすら自分の心身で実験しました。文献にもあたったし、勉強会があれば出席するようにして、いろいろな先生から哲学と実践的な処方を学びました。『こころ漢方』には漢方の理論の真髄をかみくだいて伝える章も作っていますが、そこには仕事だったり人間関係のヒントにもなる普遍性があると思っていて、なにより面白いので削れない。「禅」のように、この思想がもっと世界に広がったらいいと、実は次の本も準備しているところです。

    「わりきれなさ」に向き合う。

    漢方には即効性がないというイメージがつよく曖昧な印象がただようが、そんなことはないと杉本さんは話す。むしろ漢方は、ひとりひとりの体調を細かく観察し、そこに照準を合わせる。「発熱」という体の反応に対して、それがゾクゾクと寒気を感じる熱なのか、全身が火照っていて汗をかいているかなど、症状を細かく捉える。

    ひとつの病名に一対一で対応する薬を出すのではなく、「本人の感じ方」を聞き取ったうえで生薬を組みあわせる。だから、大切なのは話を聞く問診だという。食事のクセ、睡眠の質、精神面の浮き沈み、仕事環境や人間関係のストレス。広範にわたる質問の答えから、数値的なデータだけでは捉えられない濃淡、偏りを見極めるのだ。

    杉本さん

    日常には、頭やお腹が「痛い」とまでは言い切れない、なんともいえない違和感や、もやもやとした状態ってありますよね。現代医学ではそこに病名を与えます。あるいは数値的なデータに表れていないことは見えにくく、ときには「気のせい」となるかもしれない。漢方ではこの「気」を無視しません。だからなんでも話してもらっていい、相談をしてもらっていい。現代医学では、不調なところを治せば元気になるという考えですが、漢方では、からだが全体が元気になれば病気が治る、という考え方をします。局部的にではなく心を含めた全体として総合的に捉えるんです。

    さらに、脈を見る、舌を見るといった、からだに現れるサインもじっくりと観察する。たとえば、舌を見たときに、舌の周りに歯の跡がついてギザギザしている人がいるという。舌は程よく張りのある状態が良いとされるが、支える「気」がなくなると、だらりとして 歯に触れて跡がつく。苔がびっしりと付いていると老廃物が多く、毒素が溜まっている。苔がなくて真っ赤の人は熱を持っていたり、舌の裏側の血管の色の濃淡を見たり。からだに表れる兆候と聞き取った内容から、そのひとの体調への解像度を高めていくという。

    杉本さん

    薬にも考え方の違いがあります。現代の薬は、効果があるとされる成分だけを抽出するのですが、漢方薬には「雑味」が残されている。この雑味の微細な働きも複合的に作用しています。また、異なる病気でも同じ薬で治せるし、逆に、同じ病気であっても、人によって異なる薬で治すことも特徴です。ある症状に対して、なぜ、この人には、この薬とこの薬の組み合わせなのかを理屈で考えるので、試したけれどいまいち効かなかったというときは、ではどうしようかと、さらに次の処方へ微調整していける。いろんなお医者さんに行ってみたけど同じ薬しか出されず、どうしようもなくなって漢方へ、という方が多いのも、ひとりひとりの体調にたいして長い歴史のなかでつちかわれた理論をもとに柔軟に対応していけるのは漢方だから、という理由があるかもしれません。

    GALERIE VIE DIRECTOR’S NOTE

    すべてのパーツがつながっており、継ぎ目のない製法で作られたニットは、人間の曲線的なからだのラインに馴染むつくり。縮絨をかけ目の詰まったウールの生地はシンプルですが、洗いにかける時間や薬品の配合を変え、フェルトのような膨らみのある端正な質感に仕上げています。

    無地でありながらも、よく見ると、編み地は首回りから放射状に広がっていくように編み目が走っています。そのシームレスに広がっていく印象のままに、袖口や裾はリブの始末をせず、くるっとロールした部分を留めて固定。首元から肩、さらに腕にかけてまろやかに体を包み込む一体感があり、あたたかな雰囲気ですが、そこに、きらりとしたメタリックなジッパーが、ひとすじの緊張感となって芯を通すように線を引きます。

    ポケットに漢方を。

    杉本さんが相談を受ける〈漢方杉本薬局〉は、祖父の代に始まった街の薬屋さん。創業当時は漢方薬以外の薬も取扱い、染め物のための化学染料、風呂屋さんが掃除に使う薬品、工場で使う薬物などを幅広く揃え、人々の暮らしを支えてきた。

    また、大船にはかつで松竹映画の撮影所があり、日本を代表する名監督の小津安二郎も〈杉本薬局〉に通っていたそう。『全日記小津安二郎』にそのことが綴られている。駅から徒歩3分。飲食店や銀行、スーパーマーケットや娯楽施設のある商店街はにぎやかエリアだ。さらに、杉本さんは表参道にある商業施設〈GYRE〉内のグローサリーストア〈eatrip soil〉で週二回ほど出張相談所を開く。はるか昔から存在するプリミティブな漢方は、ハイテクノロジーが加速度的に進化していく現代の暮らしに、どのように寄り添えるのだろうか。

    杉本さん

    こうすれば健康、といった衣食住の習慣は確かにあるけれど、ある人が「こうありたい」という理想を持っていたとしたら、なるべくそこに近づけるようなサポートがしたいと考えています。極端な言い方にはなるけれど、心が保たれていれば体を引っ張りあげられるし、体が保たれていれば心が沈みきってしまうのを防げる。どこかにフラストレーションがある状態であったり、両方倒れるのはまずい。だから、寝るのが遅くなってしまうけれど、この仕事は今晩中に仕上げきりたい、ということを手助けする漢方を僕はアリだと考えています。体を慢性的に悪くすることでないなら、すこし無理ができてガクンと体調に響かないようにすることを漢方でサポートできる。僕自身も、お酒を飲んだり、そこで生まれるコミュニケーションが心を喜ばせてくれるという実感があるので、それを素直に楽しみながら、肝をケアする漢方をポケットに入れて日々飲んでいます。暮らしや選択のすべてをプリミティブなところへ先祖返りしましょうというのではなく、現代の暮らしだからこそ、漢方にできることがあるのではないかと考えています。

    漢方では心と体のバランスがポイントになるが、洋服選びにおいては、見た目と着心地のバランスがポイントだ。おしゃれは我慢、という言葉があるように、装飾性が高くも重たい服や繊細で気を遣うもの、長く着ているとからだの一部が痛くなるような服もある。しかし、重いことでかえって落ち着く着心地だと感じたり、デリケートな生地に気を遣うことで振る舞いが美しくなったりすることもある。だから、ひとつのものさしでは語れない。どうしたら心地よく服が着られるか。ひとそれぞれのアプローチが、ファッションとして表れる。

    だからこそ作り手は、素材や形、装飾、価格、といった要素をデザイン作業を通して組み合わせ、多様なバランスのありかたを求めてきた。そして、世の中に多様な衣服のアーカイブが生まれた。漢方もまた、心身のバランスがどこにも偏らない、ひとりひとりにとっての心地よい「プラスマイナスゼロ」へ向かうが、その道のりには、複雑で深淵な身体にまつわる哲学のバックボーンがある。

    杉本さん

    西洋医学 対 東洋医学、という対比は実はおかしいと思っています。西洋にも、フィトテラピーといった植物療法だったり、ハーブやスパイスを日常に取り入てからだを整える文化が根付いていますよね。どちらかというと、現代か伝統か。そこに違いはあります。けれど、僕はどちらか一方を支持するというのではなく「心地よく過ごしたい」という同じゴールに向かう、手段のバリエーションだと考えています。ひとりひとりの不調にとってベストな提案さえできれば、それでいい。西洋医学の先生が漢方をダメだと言ったり、漢方の先生が西洋医学を否定することは起きてしまっているけれど、排他的になるのではなくて、さまざまな治療方法が選べて、連携していける医療のあり方が築けたほうがいいですよね。

    ただ、ひとつ言えるのは、最新医療は科学的には立証されているけれど、時間の経過によっては磨かれていない、ということです。漢方は昔からある。長く残ってきた理由はあるはずなんです。実際、漢方薬局、という存在はどんどん減ってきているし、漢方メーカーも少なくなってきていますが、漢方という文化を、二日酔い対策からでもいいので、現代の人が実感する機会をつくる必要があると感じます。行くかどうか悩んでいる、という段階で電話で相談をしてもいいですし、ふらっと気楽に立ち寄ってもいい。飲食店や美容院を、あそこよかったよ、と楽しむように、漢方がより身近なものになって活用されていくために、僕なりに、漢方という文化を伝えていきたいと考えています。

    漢方杉本薬局

    神奈川県鎌倉市大船1-25-37
    JR大船駅(笠間口・東口)から徒歩3分
    営業時間 10:00 〜 18:30 木・日・祝 休

    HP:sugimoto-ph.com
    Instagram:@sugimoto.ph



     杉本漢方堂 Soil(出張相談所)

    東京都渋谷区神宮前5-10-1 GYRE 4F
    〈eatrip soil〉内 
    日・木開催
    ※不定期のため、日時の確認、予約はインスタグラムをチェック

    Instagram:@sugimoto.ph_soil

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