自分らしく生きる、5つの要素
- 2025 OCTOBER.29 Wed
TALK WITH…
自分らしく生きる、5つの要素
YOSHIKATSU YAMATO(Editor)
ギャルリー・ヴィーが歩んできた40年の旅のなかで、たくさんの素敵な方々と出会うことができました。
変わらない自分らしさを見つけるための、ささやかなヒントや視点。それらは、私たちの周りにいる人々から、日々教わっていることでもあります。
「自分らしく生きる、5つの要素」では、ギャルリー・ヴィーがお世話になっている方々に、5つの質問を通して、自分らしさの源や大切にしているモノ・コトを伺いました。Q 今の自分にとって、”定番化した好きなかたち”、あるいは”愛着のわくかたち”はなんですか? 鋭く、細い線があり、枝垂れるようなカーブを描くものが好きです。植物でいうと「グラス」と呼ばれるイネ科だったり、細長い葉、新芽。あとは本を1ページをめくるときに、紙の断面がたわむ様子。1本だけで落ちている髪の毛。ひらがな、フォーク、眉毛。「発芽」と呼ばれたりする跳ねた寝癖など。
あとは、かたちの違うなにかが2つで並んでいたり、2種類が組み合わせられたり、「2」が作り出すコンビネーションの妙にハッとすることが多いです。隣り合うものの関係性から、なにかが漂ってくる様子に愛着を抱くのかもしれません。Q 人生に影響を与えた”旅”にまつわるエピソードはありますか? 大学4年生のときに、卒業旅行としてポルトガルに行きました。行くまでの期間に、無自覚にもクレジットカードを使い過ぎていて現地でカードが止まりました。「海外渡航の際は、現金も持っていきましょう」みたいなリスクヘッジの常識を知らず、調べず、だったので、現金はあまり持っていませんでした。
そして、そのことさえも能天気に、旅先でのハプニングキタ〜! と軽く受け止めていたら、ホテルの支払いもできないことになって追い出されることに。おそらく、旅の事前準備でもいろいろに気苦労をかけていたのであろう当時片思いをしていた同行の相手には、いよいよ呆れられ、一晩、別行動をすることになりました。彼はあちらに友達がいたということで、その人と会うことになったようです。
レストランに行くお金はないので、私はスーパーに行きました。噛みごたえのありそうなパンとチーズ、ビールを持ってレジに並んでいるとき、片思いの相手に呆れられて傷心しきっていたこともあり、今起きている事態を極端に悲観的に捉えるような悲劇のヒロインモードになっていて、前に並ぶ地元の人や店員さんを見つめながら「頼れる人もいないし、明日からは私は盗みをして生きていくのか」とさえ思ったことを覚えています。
とはいえ、歩くのはタダだし夜道を楽しもうと、地図も見ず、ヤケクソで、坂の多いリスボンの街を散歩をしていたら、偶然、マノエル・デ・オリヴェイラという映画監督の『階段通りの人々』という作品のロケーションに間違いない! という階段に出くわしたのです。
しょんぼりバイブスを身に纏っていましたが、一転して「うほっ、ラッキー!」と笑顔になり、そのときにこう思いました。
人とともに生きていくのはもちろん楽しいけれど、万が一見捨てられたとしても、ひとりで遊ぶ心を手放してはいけない。これからの人生で暗い気持ちになることがあったとしても、いつ、「ラッキー!」があっちからやって来るかはわからないから、周りを見る目は開いておこう、と思ったのでした。ちなみに、同行の彼には「見捨てられた」なんてわけはなく、さすがにいよいよ呆れたというくらいで、終始やさしかったです。念のため(笑)
ともかく大事なのは、周りの状況をキャッチし、さらにそこから喚起される思い出を持っておくことだと思います。だからふだんから、いろいろなことを観察して気に留めて、さらに、本や映画といったフィクションの物語さえも記憶のひきだしに溜め込んで携帯しておけば、「歩いている」というだけでも、なにかにつけて、頭のなかで「思い出すこと」が浮かんでくる。
文化というものはバカにできないもので、ファッションもそうですが、「つらい・・・ぴえん・・・」ということがあっても、心から好きな服が部屋のハンガーにかかっていたら、「まあ、これを着て出かけてみるか・・・」と、外側を向くきっかけになります。打ちひしがれても、外へ向かうことができればギリギリセーフになる、という教訓を得た初のヨーロッパ旅行でした。Q 最近の生活の中で、些細な幸せや喜びを感じた瞬間、素敵だなと思った仕草はありますか? 最近、台湾での出張の後に自由時間を作りました。そこで、豆花(とうふぁ)をはじめ、台湾デザートを求めてお店をハシゴし、続けざまに食べまくった時間はとても幸せでした。豆乳のかたまりを舌でくずし、じわりと口に広がる黒糖の甘み。タピオカ、ハトムギ、白木耳、タロ芋、仙草ゼリー。艶があって、もちもち、プリプリ、氷でしゃりしゃり。見た目の質感、食感ともにたのしい台湾デザートたちです。
また、最近ではないのですが、ずっと素敵だと思うのは、人がなにかを疑問に思ったり、集中しているときの表情や姿勢です。そのときの顔の傾き、確信を持っていなくて「ひとまず試している」という感じのする仕草が好きです。
たとえば、オンラインミーティングをしているとき、マイクなどに不都合があったときに、「???」と思いながら、解決策を探っているときの表情の動きは素敵だと思うので、画面越しに凝視しています。あるいは、車とスマートフォンのブルートゥース接続がスムーズにできずに格闘中の横顔や、自動券売機などの機械が動かないときに「あれ?」といろいろボタンを押してみるとき、銭湯で、使い方のわからない蛇口にたいして、水を出そうと試行錯誤したり、温度調整をしたり、というときなど。眉毛がすこし上がって、目が丸くなった顔を、こっそり見ています(笑)Q 自分を整えたり、自分の軸を取り戻すために行っていることはありますか? 「自分」を忘れる時間こそがリフレッシュになります。
本を読んで、「ほえー」と新しいことを知ったり、文章の推敲をしながら目の前の文章が変わっていくことに没頭したり、山を歩きながら移り変わっていく景色を見たり、器に花をいけ、根拠は不明ですが「これがベストだ!」という最善のバランスを探っていると、しだいにピュアな状態になっていく気がします。そして、なんだかすっきりして落ち着くのです。
自分に向き合うとか、自己分析とか、自分はこういう軸があるんだ、とか、そういうことを考えることは、無意識に避けています(笑)。むしろ、「自分とは」を説明しなければいけないというプレッシャーからは解放されたいし、そのほうが結果的に、自分らしくいられる気がします。私の場合は、「自分」がふらつかないように足元ばかりを慎重に見ていたり、崖の先を覗き込んでいると、かえって空回りして、謎のループに落っこちていくような気がするので考えません。
もちろん、学生時代には、自分が揺らぐことがあれば、自分で自分を定義しようと頭を働かせたり、自分を取り戻そうと行動することは重要でした。ですが、今はむしろ、自分を固めようとしてない? と立ち止まります。自分らしさってこれだなあ、と理解が深まる瞬間って「自分って、一体なんなんだろう?」と考えている時間より、日々、他人や外側のことに関わるなかで、ふと、ぽろっと、あっちからやってくる感じで分かるような気がします。
ということで、ふだんはできるだけ「自分」とか、軸は忘れているほうが気が楽なので、こういう質問にも後ずさりをしてしまいます(笑)。全身で集中できることをときどきして、自分をピュアにして、欲望のままに生きていれば、自分でいられると思っています。Q 日々の生活の中で洋服を装うことについて、自分の中のルールや意識していること(コーディネートの選び方やその基準)はありますか? 「えー、初めてなのに、初めて会った気がしないんですけどー」という感じがする服、小物を選ぶことです。それは、出会えたことにドキドキして、今いるところからちょっと違うところに連れて行ってくれそうな個性を備えていながら、不思議なほど自分としっくりとくるものです。
PROFILE
大和佳克
1996年、神奈川県生まれ。編集者、ライター。早稲田大学 文化構想学部を卒業後、クリエイティブエージェンシーkontaktに所属して、2024年の夏に独立。現在は、雑誌やWEB媒体での編集やライティングをはじめ、ブランド、企業とともにコンテンツ制作を行う。