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TALK WITH / YURIKO E 「どこにいても自分に”馴染む”装いについて」

  • 2025 JUNE.17 Tue

    TALK WITH…

    どこにいても自分に”馴染む”装いについて

    YURIKO E(Stylist)

    PHOTOGRAPHY. SHUSAKU YOSHIKAWA
    TEXT AND EDIT. AYUMI TAGUCHI (kontakt)

    ギャルリー・ヴィーが40年にわたって歩んできた旅を支えてくれているのは、モノづくりの現場で活躍するプロフェッショナルたち。
    「TALK WITH…」では、私たちが長年信頼を寄せてきた、様々なジャンルの作り手のもとを訪ね、お仕事や生活への向き合い方、大切にしている価値観、今のスタイルに辿り着いた経緯などを、じっくりとお聞きします。

    今回の対話相手は、スタイリストの井伊百合子さん。2017年からギャルリー・ヴィーのカタログのスタイリングを手がけ、雑誌や広告など多方面で活躍されています。東京を拠点に活動しながら、近年は自然のある場所に身を置く時間を大切にしている井伊さんは、”馴染む”という感覚を軸に装いを選び、スタイリングを組み立てています。今回のインタビューは、井伊さんのお気に入りだという緑豊かな川沿いにて。草花をかき分け、鳥のさえずりに耳を澄ませながら、”自分らしくいられる装い”についてお話を伺いました。

    スタイリストという仕事は、洋服をただ”着せる”だけではなく、その先にある人物や風景、物語を編んでいく作業です。井伊さんもまた、雑誌や広告などの現場で、服の向こう側にある空気感や気配を感じ取りながら、世界観を作り上げてきました。
    そんな井伊さんが、近年大切にしているのが「自然の中に身を置く時間」。都心を拠点にしながらも、時間があれば自然のある場所へ向かい、山を歩く日々を送っているそうです。

    「子どもが通っている学校が、山や川に行く課外授業が多くて。『山に行くための靴を買ってください』と言われたとき、その靴じゃないといけない場所があるって面白いなと思ったんです。私もやってみたいなあと。ちょうどその頃、山好きの友人に誘われて、山へ行ってみたら、そこでの体験に魅せられてしまって、どんどんのめり込んでいきました」

    週末や仕事の合間には、日本各地の自然の美しい場所を訪ねて登山やスキーを楽しむ日々。惹かれる理由は、自然の中での”呼吸”の感覚にあると言います。

    「自分が生きてきた、何もかもが便利な都会という場所に対して、人間の手が介入していない自然は、全てが真逆に感じられる。東京では気づかなかったけれど、自然に囲まれていると、息を吸って、吐いて、深く呼吸することができる。山を歩いていると、自然と呼吸に意識が向くようになるんです。『ここで休憩して深呼吸しよう』って、立ち止まって」


    取材当日、井伊さんが持っていたのは、山葡萄の蔓で編まれたカゴバッグ。その中には、手ぬぐいで包んだおむすびと水筒が。取材の数日前に訪ねた青森・八甲田山の乾燥とうもろこし、収穫した蕗のとうで作った蕗味噌で握られたおむすびは、”旅の続き”のような味がしました。

    「旅が終わっていつもの生活に戻ったとき、少しでもその余韻を感じられるのが嬉しいんです。山で吸った空気、見た景色、過ごした時間、その余白を持ち帰る感覚ですね。例えば、山の中で3日間過ごしていると、夕日が沈むときにただ座ってそれを眺めていられる。『もう少しよく見えるところに行こうか』って話したり、月をぼんやり眺めたり…。都会ではなかなかできないけれど、その感覚を日常でも取り入れる楽しさを山での時間に教えてもらったんです。『1時間に1回休憩しよう』と、自分の中で区切りをつけたり、お茶を飲んだり。山の中で自然とやっていることを、日常にも持ち帰ってきています」



    今回のロケーションに井伊さんが選んだ装いは、メンズサイズのレーヨンシャツにデニム、薄いソールのスニーカー。その日の天気や場所、会う人、自分らしさに”馴染む”ことを軸に選ばれたものでした。

    「雨上がりだったので、きっと濡れて汚れるだろうけど、気にせず洗える服。このスニーカーは裸足で履くと、地面の起伏がそのまま伝わってくるんです。山の中や今日のような草むらを歩くときに、ちゃんと”歩いてるな”って感じられる。このシャツは、レーヨンのとろみのある素材で、吸湿性や速乾性があるし、着ているときの重さが心地いい。軽さが求められる山でのシーンとはまた違って、風が吹けば風を感じられるような、ちょうど良い重さです」

    井伊さんが自然のある場所で過ごすようになったのはおよそ4年前。それでも「自分が身につける服そのものは、あまり変わっていない」と言います。

    「汚れてもいい服が増えたのは事実だけれど、同じものをずっと着るようになったかもしれません。このジュエリーケースは旅先に必ず持っていくもの。例えばピアスをつけ替えるだけで気分が変わるので、一粒のパールやゴールドのフープピアスなどを入れておきます。山へ行くときは降りた後に着るための服を持っていくようにしていて、温泉に入って汗を流した後に、お化粧をして、アクセサリーをつけて、ワンピースに着替えて帰る。そんな切り替えの時も楽しんでいます」

    都会と自然を行き来しながら、今の自分に”馴染む”装いを選ぶ。そのときに大切にしているのが、自分が心地よくいられること。

    「基本的にシンプルな服が好きなんですけど、ディテールに作り手の意志が宿っているものには、すごく惹かれます。ボタンの付け方、襟やアームホールの寸法にも、デザイナーの込めた想いがある。そういう意思に共感できたり、理解できる服は、着ていて心地いい。服の力を借りて支えてもらっているという感覚ですね。洋服の力に助けてもらうことはたくさんあって、きっとそれがスタイリストという仕事にも繋がっているんだと思います」


    スタイリングの仕事における”馴染む”は、井伊さんにとって、人物像の組み立てに深く関係しているといいます。井伊さんが2017年より手がけるギャルリー・ヴィーのカタログは、モデルを入れず、アイテムとプロップ(小物)のみで構成される、いわゆる”物撮り”の世界観。実際に人が写っていない中で、どのようにして人物像を作り上げていくのでしょうか。

    「アートディレクターの平林奈緒美さんと一緒に、どんな女性にするかという人物像設定を話し合うところからスタートします。例えば、建築系のお仕事をしている女性をテーマにしたら、その人はどんな持ち物を選ぶだろう、どんな本を読むだろう、どんな朝ごはんを食べるんだろうと考えます。綺麗に作り込みすぎちゃうと、人の出す空気感がなくなってしまうと思っていて。だからあえて仕事中にこぼしたコーヒーのシミや、食べかけのパンくず、散らかった感じも作るんです。誰かがいた気配が背景に感じられる写真を狙って。それをずっとやっている感覚です」


    モデルを入れた撮影でも、発想の起点は同じ。服を着る”誰か”を想像し、人物像を細かく組み立てていく。

    「モデルさんには、その人物像を演じてもらう感覚があります。彼女たちが演じやすいように、こういう人物だからこういう服を着ているんだよっていうところに落としていく。全てが人物設定なんだと思います」

    一方で、俳優やアーティストとの仕事では少し異なるアプローチになることも。

    「彼らは表現者として、頭にいつもの自分のイメージを持っている人も多い。でも、こういうのも着たら面白いんじゃない?っていう少しずらした提案をすると”あ、それもいいね”ってなる瞬間があって。私服みたいに完全にその人に馴染むだけじゃなくて、気分が少し上がる服。表に出る時の”自分を演出する服”という意識も大切にしています。その人にとって居心地が良くて、自分の気分を引き上げてくれるような装い。そのバランスを探るのが、楽しいですね」


    スタイリストの仕事は、服を着せることだけにとどまらず、その人の暮らしや性格、日常の細部を丁寧に想像して、かたちにしていくこと。自分らしくあるための服や時間は、まずは自分を見つめることから始まる。そんな気づきを受け取る時間になりました。

    PROFILE

    井伊百合子

    東京都生まれ。文化服装学院で服づくりを学びながら、在学中よりスタイリストのソニア パーク氏に師事。雑誌や企業広告、俳優のスタイリングなどを手がける。2021年からは、ファッションが持つポジティブな力を社会問題につなげていくためのプロジェクト「+IPPO PROJECT」を始動。オンラインやポップアップ形式でドネーションバザーを開催し、一部経費を除く売上金を児童養護施設を出た方々の自立を支援するアフターケア施設「ゆずりは」へ寄付。貧困や虐待といった社会問題をより多くの人に知ってもらうきっかけとなる活動を行っている。

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