TALK WITH / NAHO OKAMOTO
- 2025 AUGUST.1 Fri
TALK WITH…
いつ見ても新しい、長く愛せるジュエリーのかたち
NAHO OKAMOTO(SIRI SIRI Designer)
PHOTOGRAPHY. SHUSAKU YOSHIKAWA
TEXT AND EDIT. AYUMI TAGUCHI (kontakt)ギャルリー・ヴィーが40年にわたって歩んできた旅を支えてくれているのは、モノづくりの現場で活躍するプロフェッショナルたち。
「TALK WITH…」では、私たちが長年信頼を寄せてきた、様々なジャンルの作り手のもとを訪ね、お仕事や生活への向き合い方、大切にしている価値観、今のスタイルに辿り着いた経緯などを、じっくりとお聞きします。今回の対話相手は、ジュエリーブランド<SIRI SIRI>デザイナー・岡本菜穂さん。ガラスや自然由来のものなど身近な素材に、日本工芸の技術を掛け合わせた唯一無二のジュエリーを手がけています。現在は生活拠点をスイスに移し、日々の暮らしからインスピレーションを得ながら、”長く使えて、いつ見ても新鮮に見えるデザイン”を追求しているそうです。
岡本さんが<SIRI SIRI>を立ち上げたのは2006年。建築家の父の影響で、幼い頃からデザインやものづくりの世界が身近な存在だったといいます。また、自身が金属アレルギーであることから、ジュエリーの素材はガラスや木材など、自然由来で、日常的なものを選ぶように。
「ジュエリーに対しても、家や家具と同じように、”一度手にしたら、生涯使えるもの”を作りたいと考えています。<SIRI SIRI>では、日本工芸の技術を掛け合わせることで、人の手から生まれるもの作りを意識しています」
そんな岡本さんがスイスに渡ったのは、ブランド設立から12年が経ったタイミング。ものづくりに対する純粋な造詣を深めたいという志しのもと、現地の大学院では、人と物のコミュニケーションについて研究。卒業後も首都ベルンに残って生活を送っています。
「スイスで生活をしていると、毎日が絶景なんです。暑い日は川で泳いだり、自然が生活のすぐそばにある。日本にいた頃は、自然に対してどこか”恐れ”のような感覚を抱いていたのに、スイスに来てからは、むしろ安心感があります。澄んだ川の青、空気、太陽の光など、毎日目にする光景が本当に美しくて。そういった自然風景がデザインにも影響を与えることは増えました」
都心で暮らしていると、どうしても流行や誰かのおすすめに流されて、次々と気持ちが新しいものに移っていく。デザインさえも、消費のサイクルに飲み込まれていくような感覚がある。スイスに拠点を移した岡本さんは、次第に”普遍的なもの”に目を向けるようになったといいます。
「スイスでは、みんなにとっての定番品の強さを感じます。お店で売っているものの種類は日本に比べてとても少ないのですが、その限られた一つ一つが洗練されていて。ピーラーやナイフなどは有名な例。デザインに無駄がなくて、実際に使い勝手も良いんです。選択肢が少ないからこそ、迷わない自由さがある。その分他のことに集中できる心地よさというか。シンプルな暮らしを送れることに幸せを感じています」アンティークマーケットにもよく足を運ぶという岡本さん。お店で使っていたり、買い付けてきたアイテムから、印象的なものを見せていただきました。
「お気に入りは、スイスのガラスメーカーが作ったキャンドルプレートです。スイスの日常風景として、家庭でろうそくの明かりを灯して、木のボードの上にチーズを並べて食べるっていうのが、割と一般的で。これは普通の家庭の食卓で使われているものだと思います。メーカーで作られている工業製品なのに、ひとつひとつに個体差があって、人の手の介在を感じられる。そこがとても愛おしいんです。お店で使っているアルミのトレーもそう。縁の部分がユニークに曲げられていて、どこか”手の癖”が残っている。こういった、”工業と手工芸のあいだ”のようなプロダクトに魅力を感じます。例えばスイスといえば時計も有名ですが、高級な時計の中では、”手工業”のような職人の手によって作り出されるものもあるんですよ。工場で作られているけど、そこには必ず人間の精密な手作業や目が入っているんです」
岡本さんのこうした人の気配を取り入れる考えは、<SIRI SIRI>のジュエリーにも一貫して流れています。
「職人さんにものづくりをお願いしているからこそ、指の感覚や手の揺らぎを大切にしています。手というヒューマンスケールから出ないことが、プロダクトへの親近感につながると思っていて。職人さんへ製作をお願いする際も、手や指で固定できないサイズ感の作業は省いたり、できるだけ職人さんの手がまだ覚えているうちに次の注文をお願いするようスケジュールを調整したりと、人の感覚は仕事の上での大事なスケールになることがあります」店内の什器として使っているデスクランプや、リネンのクロスもアンティークマーケットで購入したもの。
「お店で使っているランプは、角度を変えるために丸い取っ手がついていて、機能としてはなくてもいいパーツですが、つい掴みたくなるような可愛さがあるデザインなんですよね。有名なデザイナーの作品ではないかもしれませんが、いつ見ても飽きない個性がある。リネンクロスも、中央の糸を抜いて、摘んで刺繍にしているデザインで、この手作業の介入感が面白い」
スイスのデザインには、どこか”永遠”や”普遍性”を感じると岡本さんは言います。その理由のひとつに、スイスの人々の「清潔さ」や「修復文化」があるのではと話します。
「私が住んでいるベルンの旧市街には、500年前の建物が今も普通に残っているんです。イタリアや日本のように、朽ちていく美しさをよしとする文化も素敵だけれど、スイスでは”きれいに保って、長く使う”という意識が強いと感じます。スイス人は本当に綺麗好きで、街や家がいつも綺麗にされていて、壊れたら修理する。そういう日常の中に、”永遠”や”普遍性”という価値観が根付いているように感じます」
最後に、今回ギャルリー・ヴィーのために制作いただいたジュエリーについてお話を伺いました。
「ギャルリー・ヴィーから連想するイメージは、白と爽やかなペールブルーの風景と海辺での心地の良い生活でした。リネンのワンピースにシャツをラフに羽織り、浜辺を歩き家まで帰る。そんな人が、その日見た景色をキャンバスに描いているような…。その筆のタッチもイメージしています。この色を淡くガラスに閉じ込める作業も日本の職人さんにお願いしているのですが、よく見ると表情が一つ一つ違うんですよね。そのわずかな”揺らぎ”こそが、人の手による美しさだなと思います」
長く使えて、いつ見ても新鮮であること。岡本さんが目指すデザインには、スイスのプロダクトに通じる普遍的な美しさと、人の手が介在することで生まれる親しみが共存しています。本当に好きなものを選び、丁寧に使い続ける。その姿勢こそが、生活の質をかたちづくっていると気づかされるようです。
PROFILE
岡本菜穂
<SIRI SIRI>代表・デザイナー。桑沢デザイン研究所スペースデザイン科卒業。2006年にジュエリーブランド<SIRI SIRI>を立ち上げる。建築やインテリアデザインの知見を活かし、自然由来の素材や身近な素材に、日本工芸とデザインを掛け合わせたジュエリーを作っている。現在はスイスの首都ベルンを拠点に活動中。